gallery N(名古屋) 2020年3月7〜22日
小林椋さんは、1992年東京都生まれの若手。多摩美術大学大学院修士課程情報デザイン領域を経て、京都市立芸術大学大学院修士課程彫刻専攻を2019年に修了している。展覧会歴を見ると、精力的にグループ展などに出品。gallery Nでは、2017年に次ぐ個展である。
一見すると、素朴でカラフルなキネティック・アート。造形物の骨格になる部分は木製で、丁寧に加工した上で、彩色している。プラスチックと見紛うほど、素材感は消し去られている。ローテクの玩具のようにも見え、シンプルに反復する動きが特徴的だ。小林さんも出品していた横浜市のBankART Station、BankART SILKの「心ある機械たちagain」展(2019年12月28日〜2020年2月2日)のコンセプトと同様、黙々と機能性のない動きを繰り返し、ユーモアと愛嬌を感じさせる。
今回、小林さんが制作したのは、現実世界の事象の構造や仕組みを抽象化するモデル化という方法論を、伝承や疑似科学的な事象に援用した作品である。つまり、自然現象の法則を抽象化する化学や生物学、物理学などのように、民話や伝説、慣習、信仰、精神世界などから抽出された集団の記憶や伝承など、曖昧な要素を持った中間的なものを《モデル》にしているのだ。
小林さんが注目したのは、ある人間の集団で長い歴史とともに伝承される中でもたらされた伝承や疑似科学的な事象の曖昧さ、飛躍や誤読。小林さんは、思考のプロセスの中でそれらを極度に抽象化する。機能からも意味からも遠く離れた反復装置となったそれらの造形物は、どこかぎこちない規則的運動を繰り返し、不穏で不気味。それでいてユーモラスで憎めないのである。それぞれの反復運動が大仰でなく、どちらかといえばひそやかなのが面白い。大きな音も立てず、それぞれの動きをひたむきに繰り返しているのである。
出品された作品は、2つのグループに分かれていた。1つは、カワウソとキツネに関するアイヌの民話をモデルにした3点。
アイヌの民話に、こんな話がある。
カワウソが川で捕獲し、一カ所に集めて置いておいたサケをキツネが盗んで逃げた。気付いたカワウソが追いかけると、キツネは木に登った。カワウソは木に登れず、下で待っているが、キツネが 木から転落。カワウソの頭の上に落ちてしまう。キツネは、追いかけるカワウソを振り切って、巣に戻って盗んだサケを食べようとするが、慌てていたため転んでサケの卵(イクラ)の中に頭から突っ込んでしまう。こうしてキツネは、サケの卵の色に染まって現在のような色になり、一方、キツネが頭にぶつかったカワウソは、現在のように平らな頭の形になった——。
作品は、①キツネが木から落下する場面②キツネがカワウソの頭にぶつかる場面③キツネが盗んだサケのイクラの中に頭を突っ込む場面のそれぞれをモデルにした3点である。
キツネの落下は、バーの先に付いたギザギザの薄茶色の形態(キツネ)がゆっくり回転しながら上下するので、分かりやすい。キツネとカワウソが衝突する場面では、下部の台の回転する黄色の部分(カワウソ)に、上方から押し出されるように杖の握り手のようなもの(キツネ)が接近する。また、キツネがイクラに突っ込む場面では、ゆっくり回転しながら水平移動する白い雲のような形態(キツネ)がイクラ色の透明板の下に潜り込む。それぞれの作品は、舞台装置のミニチュアのようでもあり、個々に照明がついていたりする。
もう1つの作品のグループは、アメリカインディアンのオジブワ族に伝わる輪を基にした手作りの装飾品がモチーフだという。このドリームキャッチャーといわれる飾りは、夢を変える力を持つと信じられている。夢をふるいにかけ、悪夢は消え去り、良い夢だけがこの飾りを伝わって眠っている人の中に入るとされているものだ。3点の作品は、この魔除のプロセスを抽象化したものだと思われる。
ある作品では、作業台のような上で、大小の丸石が接するように置かれ、大きい石が ゆっくりと回転。小石もそれに引きずられるように回りながら、回転しきれずに戻るような動きを繰り返す。石の横では、ゴム輪を付けた装置が振動している。また、壁高くに掛けられた作品は、点滅しながら入り組んだ形態が回転し、畳の上にしつらえられた別の作品は、青いベルトの輪を回転させながら、時折、紫色の照明が空間全体を染める。
奇妙な形態、素材が組み合わされた奇妙な動き。とてつもないほどの抽象化とデフォルメのプロセスを経た作品は、アイヌ民話の場面や、アメリカ先住民の精神世界が基になっていると言っても、相関性を見いだすのは難しい。いや逆に、だからこそ面白い。ローテク玩具のような素材と形態、そして何よりもおかしみのある反復運動と、人間集団が歴史的に作り出してきたもののつながっているけれど、大きな落差を生み出した関係、そこに介在したアーティストのクリエイションを思うと、なかなか楽しめる展示である。