ギャラリーヴァルール(名古屋) 2024年11月26日〜12月21日
木村萌
木村萌さんは1992年、埼玉県生まれ。 2017年、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業 。2018年、ベトナムでシルクペインティングの技法を学び、2020年、東京藝術大学大学院美術研究科油画技法材料研究室を修了した。
東京を中心に個展を開いていて、ヴァルールでは初めての個展となる。
直接、作家から話を聞けていないので、情報は限られているが、シルクペインティングを応用し、薄い綿布に描いていることがわかる。画廊によると、布を張る木枠も自分で制作している。
東京での個展では、絵画をインスタレーション的に空間に配した展示も見せている。また、木材に描いたオブジェ的な作品もある。名古屋の今回の個展では、平面だけの展示となる。
「space key」 2024年
まず、印象付けられるのは、支持体が極めて薄い布であることだ。そのため、基底面にのっている絵具のレイヤーにおいて、物質性が強調されることがない。しかも、支持体が透けているため、平面性さえ感じさせないのだ。
基底面の向こう側が透けて見えるが、絵具の塗りの程度によって、支持体の透過の度合いが微妙に変化するうえに、光や陰影の効果も相まって、描かれたイメージがギャラリーの現実空間ににじみ出すような不思議な感覚、色彩の変化、揺らぎ、錯視効果が生まれている。
描写力は高く、絵具をとても丁寧に塗り重ねていることが想像されるが、透過度の高い支持体に薄く絵具を染めるように塗りながらも、イメージ自体は決してフラットでなく、立体感、すなわちイリュージョンを出している。それが見事だ。
技術的に優れていることもあるが、実に繊細なプロセスを踏んでいることは想像に難くない。つまり、モチーフがとてもリアルに描かれているうえに、支持体が希薄なので、描かれたイメージが光の層、あるいは陰影として、現実空間に浮遊しているような感覚に導かれるのだ。
加えて、基底面の布の向こう側に布を留めている木枠が見える。あえて、木枠を見せていると言ってもいい。通常は見せない絵画の支持体の裏側、向こう側を見せていることになる。
それゆえ、筆者は、木村さんは、二次元的な絵画平面を、キャンバスに穴を空けたルーチョ・フォンタナとは全く異なる方法で、三次元化しているように思えた。つまり、絵画を空間に開放しているのである。
それが、前述したとおり、絵画空間のイリュージョンが現実の光の層、または陰影のようにギャラリー空間にしみだしている感覚につながっている。
その現実空間へと浸透するイリュージョンは、支持体を透過して見える裏の木枠をも、イメージの中に取り込むように作用している。
木枠の、斜めに入った補強材がイメージと繋がっているように見える作品もあった。そして、意外にも、透けて見える木枠も物質感が強くない。おそらく、薄い布がヴェールのように、木枠を包み込んでいるせいだろう。
また、それ以外にも、木枠の外側を波打つように削ったり、支持体の布を木枠からはみ出るように留めたりと、さまざまな実験をしている。それも、木枠の物質感を減じるように作用している。
作家はシルクペインティングについて「布に染めるように描く技法に日本的な空間感覚に近いものを感じ、興味を持ち始めた」と書いているが、この作家は、日本的あるいはアジア的と言っていいのかどうか分からないが、欧米的な、窓としての絵画、主体が向き合う客体としてのイリュージョンではなく、空間に柔らかく浮遊するようなイリュージョンとしての絵画を希求していると思われる。
つまり、ある意味で、実にフォーマリズム的な問題意識で、欧米的な感覚とは異なる絵画、言い換えると、軽やかで、イメージが支持体にとどまらず、光の層のように現実空間に浮遊するような感覚を狙っている。
モチーフについては、静物のように見えるものを描いている作品が多い。
木などの物体を組み合わせて自ら構成したオブジェのように見えるが、いわく説明しがたい雰囲気を持っている。
光がうつろうように、イメージが現実の展示空間に溶け込むような曖昧さ、不確かさを持っていることで、より神秘的である。
フォーマリスティックな絵画そのものへの思考と、イメージが柔らかく空間に浸透する、アジア的な新たな「絵画」への問題意識が看取される作家である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)