ギャラリーA・C・S(名古屋) 2022年7月16~30日
加藤照子・間宮有里恵
加藤照子さんは1967年、愛知県高浜市生まれ。愛知教育大学大学院修了。日本版画協会会員。現在は、同県安城市を拠点に作品を発表している。
間宮有里恵さんは1972年、東京都生まれ。女子美術大学大学院修了。日本版画協会、版画学会、日本美術家連盟の会員。東京が制作拠点である。
画廊の企画で組まれた2人展である。ともにA・C・Sでの展示は初めてとなる。2人は、銅版画で、自然、とりわけ植物をモチーフにしている点で共通する部分を持つ一方、表現の仕方はむしろ対照的。互いの魅力が響き合う展示である。
“銅版画のハーモニー”
加藤照子
加藤照子さんは、技法的にはエッチングとシュガー・アクアチントを組み合わせているのが特徴。
シュガー・アクアチントは、水滴模様などを出したいときに砂糖溶液を版面に塗ることで、ぬるま湯につけたタイミングで、上から塗った液体グランド(防蝕剤)をはがす技法である。
イメージを枯れた花からさまざまな植物的なモチーフへと広げ、さらに化石のイメージが組み合わさっている。
加藤さんは、かつて触れた奈良市の春日大社の摂社・若宮神社の「春日若宮おん祭」の厳かな祭祀の精神性に引きつけられ、その思いを作品に込めている。
つまり、長い年月を経て、朽ち、あるいは風化していく無常の営みにあって、なお宿る霊的存在、見えない大きな力、人が「神」と呼ぶのかもしれない生成と盛衰、死を超えた大いなる循環、まとまりと調和をもった永遠性である。
描画、腐蝕、製版などの過程に静思とともに関わっていく中で、具体的なイメージを紡いでいくことそのものが、自分と向き合う時間でもある。
作品を見て思うのは、ひとつの作品に長い時間をかけ、とても丁寧に作業をしていることだ。繊細なイメージの細部まで、線の粗密、腐蝕時間を考えながら、濃淡、立体感に気を配っているのが分かる。
硬質な線に生命力が宿るようなモノクロームの世界に、深遠な時間の堆積とうつろい、見えない神秘的な力、永遠の循環を感じさせる。
間宮有里恵
一方、間宮有里恵さんは、エッチング、アクアチントを駆使し、軽やかな独特の世界を見せてくれる。一部に、ヴァンダイクプリントで、茶色の色調が印象的な作品があるのも興味深い。扇子に装飾した作品も出品されている。
間宮さんの作品は、雲、あるいは、細胞、植物を想起させるさまざまな形、線が空間で遊んでいるようなイメージである。
解釈、説明しようとする言葉の隙間をするりと通り抜けるような軽やかさ、自由さを、形象、線そのものがもっていて、気ままさがとても心地よい。
思いのまま引いたような線、いい意味で疎放に描いたように見える形象が、見る者をウキウキさせてくれるのである。それは形式、規則を離れて、楽しく動く命のようである。
地(背景)を淡白にしていることもあって、絵画空間を感じさせつつも、どこかグラフィックな印象も与える。いくらかスモーキーで柔らかな色彩が、優しく清新な生気を感じさせ、穏やかな心持ちに導いてくれる。
全体は、植物の静穏な生命力、地面と雲を循環する水が、主題として奏でられている。間宮さんによると、二十四節気の清明がイメージされている。現在の4月5日ごろ、まだ草木が大きく成長する前の、万物がすがすがしく、明るい雰囲気に満ち、美しい生命が動き出す時期である。
画面に登場する二葉のような形が柔らかく無垢なイメージを象徴している。命が成長を始め、水が静かに天地を行き来する、そのひそやかな空間は、利己主義と不条理、しがらみ、意味づけに囚われた人間の世界とは別の、心を軽やかに清らかにしてくれる世界である。
間宮さんは、この世界をつくるために、下絵をしっかり描き、色も丁寧に決めていくが、即興的なドローイングのように見える作品だからこそ、鑑賞者はいっそうリラックスした心持ちで作品に向き合える。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)