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加藤巧 gallery N(名古屋)で12月26日まで

gallery N(名古屋) 2021年12月11〜26日

加藤巧

 加藤巧さんは1984年、名古屋市生まれ。2010年、大阪芸術大学美術学科卒業。岐阜県在住。

 外国でのレジデンス等を経て、大阪市の the three konohanaでの個展(2021、2016年)や、「VOCA展 2020」、「タイムライン-時間に触れるためのいくつかの方法」(2019年、京都大学総合博物館)、「ニューミューテーション」(2018年、京都芸術センター)などで作品を発表している。

 加藤さんは、14~15 世紀の画家、チェンニーノ・チェンニーニの絵画技法を起点に、絵画の材料研究と制作を並行して進めている。

 自身が描いた行為の痕跡を対象に、再帰的に絵画を制作している、ユニークな作家である。

加藤巧

 地に対して自分が描いた痕跡を絵画のモチーフにしたともいえるし、描くという人間の原初的な行為の痕跡と絵画との関係を、絵具や支持体という物質、環境というパラメータを変えながら探査している、という言い方もできる。

 個展の初日に、加藤さんと対談をした国立国際美術館の福元崇志主任研究員は、そのあたりを「『描き』を描く」と表現していて、なるほどと思った。

 支持体に偶然的につけられた筆跡を樹脂で転写して剝ぎ取ったり、漆喰に指を当てたりして、その痕跡を観察対象にして、トレースするように新たな線や色彩を加えて再構成するのである。

加藤巧

 言い換えると、自らの行為の痕跡を、人類が残した原初の創造的痕跡である洞窟壁画、あるいは、もっと時間をさかのぼった下等生物の生痕化石(生物の這いずった跡や摂食、糞などの痕跡が岩石に残ったもの)のようなものとして、その気配を感じとって描くのである。

 そうした制作過程で、支持体や絵具などの画材、描き方がさまざまに変化する。加藤さんの作品で、支持体が不定形化しているのは、そのためである。

 自分の行為の痕跡をモチーフに、支持体や絵具、条件を変えながら観察して描き、その痕跡がどのように立ち現れるか、そこに、どんな行為が潜んでいるかを感知させる。

加藤巧

2021年 Quarry

 個展タイトルの《Quarry》は、「採石場」、あるいは「採石場から石を切り出す」という意味である。

 つまり、前述したとおり、加藤さんは、地中から、岩石を取り出すように、自身の行為の痕跡から物体としての作品を生み出している。

 具体的には、平滑な板材に描いた偶然的行為の痕跡を水性樹脂素材のジェスモナイトを流し込んで剥がすことで写し取る。

加藤巧

 次に、写し取られたそのかすかな凸凹、色彩が反転した痕跡を観察しながら、トレースするように描き直していく。

 自分の行為の痕跡をモチーフに描き、物体化することを、加藤さんは「岩石化」と言っている。

 もっとも、明確な方法論があるとしても、単にトレースするわけではないし、作品を見ると、さまざまなバリエーションがあることが分かる。

加藤巧

 素材、画材、描き方を変えながら反復することによって、ある種の遊び心とともに新たな絵画を生起させる、ラボラトリーのようなクリエイションの場を、筆者は想像する。

 絵画を志向しながら、大学で彫刻を学んだ加藤さんの作品が絵画性と彫刻性をまとっているのは、示唆的である。

 加藤さんの作品には、なぜ描くのか、どうやって線が生まれるのか、人間の行為によってどうしてイメージが生まれるのか、といった問いがある。

加藤巧

 その発想は、画家として、斬新な絵画を追求するというより、絵画を巡るラジカルな実験をしているというほうが近い。

 加藤さんの作品では、絵画が物体とが一体になった複合性、絵画でありながら彫刻でもある作品が志向されている。

 行為と痕跡、支持体、画材、方法論を巡りながら、描いたり、写し取ったり、観察したり、彫ったり、抉ったり、なぞったりする中で、気づき、違う見え方、感じ方が生まれる。

 鉱物を調べ、そこから顔料を自分で作ることによっても、平準化され多様性を失った既製品の絵具では気づかない発見があると加藤さんは語る。

加藤巧

 今回は、さまざまな試みによる作品が展示され、ユニークなところでは、漆喰の表面につけた指の痕跡を観察しながら、細密に顔料を置いていった立体もあった。

 地層の剥ぎ取りのサンプルを刷毛目で描いた痕跡を写し取って、その目に沿って、細い筆で多様な色彩に置き換えていった作品もあった

 痕跡を転写する前は全体に土色で描かれていたが、痕跡を転写した後は、それを観察しながら、層状に下から順に歴史的に古い顔料から塗られている。

加藤巧

 また、作品を見せる空間としても変化を与え、通常の照明とUVライトを交互に切り替える環境での展示を試みている。

 加藤さんの作品は、自分の描く行為、その痕跡をモチーフに描くという点で、自己言及的、自己相似的、あるいは、再帰的な作品とも言えるだろう。

加藤巧

 同時に、加藤さんは、方法論のループが閉じないように、画材、物質や環境、イメージなど、新たな要素を招き入れながら、かなり自由に描いてもいる。

 モチーフやジャンル、形象、内容と形式など、多くの画家が考える問いを通り越して、より深く根源的な、描く行為がテーマであることは、いくら強調してもしすぎることはない。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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