AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2023年月10日7日〜28日
柄澤健介
柄澤健介さんは1987年、愛知県豊田市生まれ。旭丘高校美術科から金沢美術工芸大に進み、2013年、同大学院彫刻専攻を修了。令和3年度豊田文化新人賞受賞。母校の旭丘高校で教えながら制作している。
2017年に、東京のgallery αMで「鏡と穴 —彫刻と写真の界面 vol.6」に参加。2021年にAIN SOPH DISPATCHで個展「分水嶺」を開催した。
2022年、ライツギャラリー(名古屋)でも個展を開いている。
2023年6月3日-7月30日には、古川美術館分館 爲三郎記念館(名古屋)であった「彫刻家 森克彦展/翼果の帰郷展」に出品した。森克彦さんは、旭丘高校美術科で38年間教職を務めた。柄澤さんも教え子である。
国際芸術祭地域展開事業「なめらかでないしぐさ 現代美術 in 西尾」(2023年10月14日-11月5日)にも参加する。スケールの大きい作品を出すようで、楽しみである。
2023年 個展「光のあと」
柄澤さんの作品は、主にクスノキとパラフィンワックス(蝋)を素材とした彫刻である。木を支える構造体として、鉄を使うこともある。
チェーンソーで木を彫り込み、所々を溶かした蝋で埋め、また、部分的に木の表面をバーナーで焼いて、炭化した黒い部分の上から胡粉で装飾している。
精妙でありながら大胆な造形性と、素材や加工による質感の変化、視点を移動させることで景色がまったく異なるような姿が魅力である。
それは、あたかも、大きな自然を眺めるとき、周囲を移動したり、中に入って歩いたりしたときに、驚くほど景観が変化していくのと似ている。
実際、柄澤さんは、山を中心とした自然の景観、地勢やパースペクティブをモチーフにしている。趣味でもある山登り、スキーで経験した具体的な山が、イメージの源泉になっているようである。
床に置かれた高さ115センチの作品「淡洸」が今回の展示のメインである。とても良い作品だと思った。
これまで見た彼の作品の中でも、スケールが大きく、造形性が豊かである。
彼の作品は、床に置くタイプのものだと、水平方向に広がるフラットなものもあるが、この作品は、立ち上がるような姿が実に美しい。とても、一本の木から作られたとは思えないほどだ。
入り組んだ形になっていて、内側が抜けている。内に向いて、峻嶺な山が連なるような形になっているので、険しい山が縦になったり、反転したりするようにも見えて、緊張感がある。
輪のようになった内側が山岳地帯のような形状なのに対し、外側は木が薄くなるまで抉られ、深い渓谷のような部分に胡粉が塗られている。蝋が流し込んである部分が全く異なる質感で、湖のように見えたりもする。
柄澤さんの作品では、1つのマッスとしてより、複雑に加工された形態の表と裏が常に意識され、山の裏側が、渓谷や湖、別の尾根に向かう斜面のようになっている。
つまり、山脈のような尖った連なりが縦方向や裏返しになっているかと思えば、胡粉で白く塗られたV字谷や、蝋を充填したフラットで滑らかな部分が、反対側や隠れた場所にあって、とても変化に富んでいる。
液体の蝋を注入するときは、蝋がこぼれ落ちないように作品を傾斜させるのだが、作品になってみると、注入された蝋が意外なところに現れることもある。
これを自然の景観だとすると、山岳地帯の尾根や谷、湖などが複雑に連続して、垂直軸(重力の方向)と水平方向が錯綜しているような形態である。
自然の山や谷、水、光の光景という、身体を超えた壮大な地勢を、新たなパースペクティブとして再構築する。それがとても繊細で、ダイナミックである。
ある視点の位置から作品を眺めたとき、見えている景の反対側には必ず、見えていない別の景がつくられ、そうした関係性の連続するものが複雑な全体をつくっている。丁寧な胡粉による処理を含め、細部に目が行き届いていて、巧緻なつくりである。
だからだろう、その作品は、単なる形態を超えて、光や水の変化、気象などをも包み込んだ幻想的な、新たな自然の風景となっている。
知覚を楽しませるこの作品がさらなるスケール感と繊細さを獲得すれば、圧倒的な印象を与えるのではないだろうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)