AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2021年1月16日~2月6日
柄澤健介
柄澤健介さんは1987年、愛知県豊田市生まれ。旭丘高校美術科から金沢美術工芸大に進み、2013年、同大学院彫刻専攻を修了した。
現在は、母校の旭丘高校で教えながら、自身の制作を深めている。
柄澤さんの作品は、クスノキとパラフィンワックス(蝋)を素材とした彫刻である。彫り込んだ凹みを蝋で埋めるのが基本的な制作方法である。
モチーフは、山を中心とした自然の景観、地勢のイメージ、パースペクティブである。
柄澤さんは、山登り、スキーを好み、そうしたときのイメージが作品に影響している。
学生時代を過ごした石川県の白山など具体的な山が作品を生みだすイメージの源泉にもなっている。
チェーンソーや鑿(のみ)で削ったクスノキ、白い半透明の蝋、場合によっては、風景を支える構造体としての鉄が主な要素である。
木の素材感と、彫られた空間を埋める蝋の白色層の重なり、木をバーナーで焼いた黒色、一部に使われている胡粉の白の調和がとても美しい。
2021年 個展 アインソフディスパッチ(名古屋)
山の自然を題材としながらも、もちろん、実際の風景をそのまま再現しているわけではない。
「分水嶺」と題された作品では、くり抜かれ、蝋が流し込まれた上部の透かし模様のような部分が、さながら分岐していく水の細流のようになっている。
その白色は、下部の重層的な蝋の柱へとつながっている。最下部では、蝋内部を貫通する木が姿を現し、倒置した 峻嶺のように荒々しく加工されている。
山や谷、水、光が織りなす光景—。そんな、自分をはるかに凌駕する地勢の空間スケールを、自分の手によって、再構築する試みと言ってもいいかもしれない。
その際、柄澤さんの内的な尺度、空間把握が加えられ、新たなパースペクティブを提示する。
彫り込んだ木、バーナー焼き、 その凹部に流し込まれた蝋や、 胡粉による彩色などが組み合わされ、繊細な自然の景観、その変化が抽象化されているのである。
作品「変わらぬ地平」は、面取りした五角柱が山脈のように彫られ、谷の部分では層状に埋められた蝋が平滑に広がる。
雪原、あるいは雲海から姿を現す山脈にも見える幻想的な風景である。
クスノキの凹部に流し込まれた層状の蝋は、木の彫られた部分で型どりされた負の空間、すなわち、不在の深み(谷や湖、池、川など)の可視化でもある。
それは、私たちに、負(不在)と正(存在)の関係と、その反転を意識させ、より深く自然の景観を考えさせずにはおかない。
積層している蝋が 熱によって容易に溶けゆく イメージからか、変化する時間を感じさせるのが柄澤さんの作品である。
「あわい」という作品では、鉄の支えによって上部と下部の間に落差が設けられた構造が、落下、変化や時間のイメージを強めている。
地勢、水の動き、光、気象、季節などによる変化や時間を内包した柄澤さんの風景は、どこか有機的である。
こうした捉え方は、柄澤さんが単に外部から山を眺めるのでなく、実際に「山の中」を歩くことから来るものだろう。
山を歩いた時のうつりゆくランドスケープ、身体感覚、水の流れ、気象、光や風に触れるような感覚、山や谷の向こうの空間を感じるイマジネーションが、こうした形象を生むのではないか。
固着した風景ではなく、山を歩いたときのさまざまな要素、感覚が結びつき、関連しあいながら変容する山だからこそ、有機的な姿を感じさせるのかもしれない。
あえて見えない負の部分が意識化され、裏側や底の部分が山肌のように加工されていることからも、そうした特徴は裏付けられる。
高い部分と底の部分、表と裏、内と外の関係がしなやかに裏返るのも、山の外から内へと、内から外へと歩いた感覚、時間と変化、ランドスケープを展開させているのであろう。
静謐な風景には、地形、水の流れ、気象、光などの運動、現象とうつろう時間、空間意識が仮託されている。