エスプラナードギャラリー(名古屋) 2023年8月1〜13日
伊藤正 今岡祐介
伊藤正さんは1955年、名古屋市生まれ。愛知教育大卒業後、1980年、筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了。主にウエストベスギャラリーコヅカで作品を発表してきた。
今岡祐介さんは1982年、名古屋市生まれ。静岡大学教育学部卒業、同大学院教育研究科修了。ウエストベスギャラリーコヅカで個展を開いてきた。
筆者は、伊藤正さんについては、1990年代から、ギャラリーでの個展で見る機会が多くあった。その後、見ることが減っていたが、これまでと違うスペースで2人展をひらくということで、会場に伺った。
伊藤さんは長く、中学校や高校で美術の教員をしながら、個展を継続してきた。今岡祐介さんは、教員時代の伊藤さんの教え子で、伊藤さんを慕うように、よく似た経歴を辿っている。
伊藤さんは鉛筆による平面作品、今岡さんは木彫。異なる傾向の作品ではあるが、共に生命的なものを志向している点で共通しているところもある。
2人とも色彩をほとんど使わない。伊藤さんの鉛筆のみによるモノクロームの世界と、今岡さんの、木という自然素材によるシンプルな形態は相性が良く、美しい展示になっている。
2023年 エスプラナードギャラリー 二人展
伊藤さんは、1983年から、名古屋で個展を開いている。筆者が新聞の取材などで作品を見てきた1990年代から2000年代にかけては、モニター画面等を使ったメディア・インスタレーションのような作品を制作していた。
その前は、海岸などに流れ着いた流木のインスタレーションを制作。そして、教員の仕事をリタイアした後は、絵を描いている。
もともと、伊藤さんは大学で絵画を描いていた。精神的な負荷の大きいフルタイムの教員業務との掛け持ちの中でなかなか制作時間が取れず、個展では、インスタレーションを発表するようになったが、表現しようとしたのは、一貫して「気」であったという。
日常とは違う空間の「気」。確かに、1990年代頃のインスタレーションも、ギャラリーで鑑賞者がその場独特の「気」を体験することが考えられていた。
「気」というのも抽象的で、さまざまな捉え方があるだろうが、伊藤さんが描いているのは、慌ただしい生活空間にいる時は感じられない、流動しながら存在する不可視の、土地固有の力である。
筆者は、最初、これらの絵を樹木、湖沼の風景かと思ったが、この不気味な世界が、伊藤さんのいう「気」なのである。大地と岩石、土、水、樹木が一体化した、まがまがしいほどの存在感がある生命体のようである。
森の奥ような深い虚空の闇が何かを発しているようである。地からは、リンパ液なのか血液なのかが落ちている。生と死、成長と滅びが繰り返され、生きることをたたえると同時に死を悼んでいる。
一方、今岡さんの木彫は、バイオモルフィックな抽象形態である。双葉のような形や鳥のような形、立方体、不定形など、さまざまな形がある。
共通するのは、内発的なエネルギーによって表面にみなぎるようなダイナミズムであり、たとえサイズ的には小さくても、外へ外へとと向かう力が感じられる。
いわば、原初的な生成の晴れやかさ、芽生えと言ってもいい生の喜びが込められたような艶やかさ、伸びやかさ、張りの感覚が新鮮な気持ちを呼び起こす作品である。
興味深いのは、シンプルな形でありながら、それを巧みに展開させた作品のバリエーションである。幾何学性と双葉のような形が組み合わせられた作品などに意外性がある。
内部が蠢くような、あるいは、静かに波打つような表面、美しい曲面のカーブなどには、一見、平凡、均一に見えて、決してそうではない繊細さがある。
伊藤さんの、充満した「気」の中に生と死をはらんだ作品と異なり、萌え出るような形態が出発と希望、成長、勢いを感じさせる作品である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)