PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA(名古屋) 2023年8月5〜27日
伊藤颯
伊藤颯さんは1997年、東京都生まれ。東京都在住。2019年、東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。初個展であると同時に、名古屋での発表も今回が初めてである。
2020年、TOKYO FRONTLINE PHOTO AWARD2020準グランプリ。2021年、JAPAN PHOTO AWARD Elisa Medde (Foam magazine 編集長)賞、PITCH GRANT2021ファイナリスト。
写真を使った表現であるが、撮影した写真をフレームに入れて、壁に並べるという展示とは似ても似つかぬ作品である。写真の物質化、立体化、空間化によって、写真の概念にさまざまな方向から揺さぶりをかけるように構成したインスタレーションである。
カオスのような、目がくらむほどの多様な物にプリントされた写真、あるいは映像によって、写真というメディアをラジカルに問い直す空間といえる。
段ボールやターポリン素材、果ては、廃車のボンネットや扉‥‥など、多種多様な物が持ち込まれ、そこに「写真」が溢れている。意外性も、ユーモアもたっぷりだが、思考は実に鋭角的である。
そこにある全てが現実と虚構、イメージと物質、写真メディアの過去と現在、未来について考え、可能性を開く問いかけに満ちたダイナミックな展示である。
ただ、その先鋭性をメディアやテクノロジーに頼っているわけではない。むしろ、現在、iPhone など誰もが使える技術、チープな素材、手作業で作っていて、「写真とは何か」を考えさせる、ハッとさせるようなもので溢れさせている。
いわば、そんな空間全体が、伊藤颯という存在の自己言及的なものとして、エネルギーを放っている。
例外の方が多い規則 2023年
例えば、ターポリン素材は、クッションのように加工して、自分の顔写真を転写し、異形の人形風に展示。コンビニでコピー用紙にプリントした写真を、もこもこした発泡ウレタンを支持体にして、つなぎ合わせて貼っていった物体もある。
あるいは、積み上げた段ボールにアニメーションのキャラクターのようなイメージがプリントされた作品もある。
このアニメキャラは、CG画像ではなく、実際のフィギュアの顔をスプレーで塗りつぶして情報を消したものを、日中シンクロでストロボを使って撮影した。そのため、陰影が強調され、妙に立体的に見え、生々しいのだ。スマホ撮影で荒い画像ゆえに、かえって3Dっぽい。この段ボールは、パチンコのサイズに合わせているという。
一見、異物のような車のボンネットや扉も写真と関係している。車のボディに小石で傷をつけて自分の存在記録のようなイメージを描く犯罪、トラックなどの車体のラッピング広告などからの発想で、現代における車と「写真」の関わりをテーマ化している。
ここでは、骨の絵を小石の傷で刻印し、それをネガに、ポジとしてターポリンの骨のクッションを天井から吊るしている。
骨の絵とクッションは、映画「2001年宇宙の旅」で、猿が狩猟に使っていた骨を空中に投げて、それが人工衛星になるシーンのアナロジーで、進化のメタファーとして引用したようである。
伊藤さんには、絵画や彫刻に比べ、はるかに歴史の浅い写真が「進化」の真っ只中にある現在に、自分がどう関わるかという、大きな問題意識がある。つまり、「写真」を徹底的に更新してやろうというのが、彼の野心である。
会場の中に、ほとんど唯一と言っていい、シカを写した写真らしい額装の作品がある。だが、これは実はゲームの画面のシカをスクショし、編集や手作業の焼き付けで立体感を出し、本物のシカらしく見せたのだという。
このように、伊藤さんは、これでもかこれでもかと、写真技術に異端的に介入し、盲信された写真の正統性、権威、真実性、信用を揺るがせるような多様な詐術、可能性とも転覆とも取れるような物質化、転換とアイロニーをぶちまけている。
伊藤さんにとって、写真の進化は、お行儀の良いテクノロジーへの追随ではなく、エネルギッシュで破壊的な【革新 / 創造】によって、本当の姿を現すのである。
写真の二次元から三次元への移行、つまり、イメージから物質、立体への飛躍は当たり前として、伊藤さんは、それらのボーダーを軽々と越境している。
つまり、これまでのアート写真の倫理を解除して、挑んでいる。写真の歴史を踏まえた上で、ロジカルに二項対立を超え、意味とされていたものを無意味化し、転覆させている。
この雑然とした空間のマテリアル、展示のフィジカリティは、かつて見たことがないマジカルな写真の魅力に満ちている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)