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石田省三郎展「TSUKIJI JONAI」FLOW(名古屋)で2月20日まで

  • 2022年2月10日
  • 2022年2月10日
  • 美術

PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA(名古屋) 2022年2月2〜20日

石田省三郎

 石田省三郎さんは1946年生まれ。弁護士の活動の一方で、写真家として作品を発表している。

 中央大学法学部法律学科卒業。弁護士として「土田、日石、ピース缶爆弾事件」、「ロッキード事件」、「東電女性社員殺人事件」など、戦後史に名を刻む刑事事件の弁護に携わった。

 著書に『「東電女性社員殺害事件」弁護留書』などがある。

石田省三郎

 その一方で、2017年、京都造形芸術大学通信写真コースを卒業。

 2018年、福島第一原子力発電所事故で帰還困難区域に指定された地域を路線バスから撮影した写真集『Radiation Buscape』(デザイン鈴木一誌+山川昌悟、解説タカザワケンジ)で、写真家としてデビューした。

 個展に「Crossing Ray」(Hiju Gallery、大阪、2019)、「TSUKIJI JONAI 2018」(IG Photo Gallery、2020)など。IG Photo Gallery主宰。

 名古屋で作品が紹介されるのは今回が初めてである。

TSUKIJI JONAI

石田省三郎

 弁護士である石田さんの作品に、筆者は、社会的な眼差しを強く感じる。もっとも、報道写真のように人間のドキュメンタリーというわけではない。むしろ、石田さんの写真に人間の姿は皆無である。

 イメージは、風景のこともあれば、即物的な対象のこともあれば、合成写真のこともある。

 今回のモチーフは、 2018年10月6日、83年の歴史に幕を閉じた東京中央卸売市場築地市場。作品としては、少し前のシリーズである。

 石田さんは、古く、狭く、危険とされたその場内を移転前に撮影。失われた市場の空間、あるいは、それ以上にそこに存在した道具や備品、ごみのような被写体を物質的に切り取っている。

石田省三郎

 人物の姿はあえて写していない。水産物などの商品もなく、既に取り引きを終えた後といった趣である。

 人がおらず、閑散とした場は、それを見る者に、異空間のような感覚とともに物質そのものをさらす。

 長年の老朽化によって、数十年の汚れがこびりついた雑然とした空間。空が写っておらず、被写体に接近してアップ気味で撮影した作品も多い。まもなく終焉するであろう、むき出しの空間に時代の見えない澱がたまっている。

 剥落した床や壁、 露出した鉄骨や配管、 使い古した水回りやロッカー、装置や台車、 大八車、積まれたトロ箱や秤、雑巾、手袋‥‥。

石田省三郎

 そこを居場所とした人間を失った空間は廃屋のように、寒々しく、重々しい。置かれてある物質の劣化があらわになり、傷のように刻まれた痕跡には、そこで働いた人々の時間と記憶が濃密に堆積している。

 場所や機械、道具、備品に付着した過剰なまでの痕跡からほのかに見える人間の営為。静寂の空間は、そこで連綿と続いた膨大な肉体の労働、作業を想起させる。

 ここにあるのは、そこで働いてきた人間の喪失感と、乾いた物質の痕跡という存在感であろう。

石田省三郎

 石田さんの写真に不穏な気配が漂うとすれば、それは、人がまったくいない空虚感、不在感と、強烈な物質感のアンバランスさから来ている。

 被写体としての人物が不在であるのと同時に、撮影者さえも感じさせない、あたかも無人撮影カメラで捉えられたような空間。なのに、物質だけが際立ってそこに存在している。

 そうした物質のディテールから、忘却されかねない不可視の澱、すなわち、水産物の流通をめぐる巨大なシステムの盛衰、食という個人の腹を満たすための欲望の空間構造、それらを支えてきた人間の労働を感じ取らせる作品である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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