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石田典子展 here and there L gallery(名古屋)で2023年10月14-29日に開催

L gallery(名古屋) 2023年10月14〜29日

石田典子

 石田典子さんは1983年、愛知県生まれ。岐阜県在住である。2007年に名古屋芸術大学大学院同時代表現研究修了。名古屋芸大では版画を学び、今も銅版画に取り組んでいる。

 主に、L galleryでの個展やグループ展で作品を発表している。2021年には、L galleryでのグループ展「星月夜」に出品した。

 全体に小ぶりな作品が多い。その小さな版画に、なんとも説明し難く、それでいて、何か惹かれる不思議な世界を展開させている。

石田典子

 直接、作家から話を聴くと、何気ない作品に見えながら、銅版画というジャンルがものすごく好きで、さまざまな実験を重ねていることが分かる。

 あえて、途中の制作プロセスが、作品としてアウトプットしたときに強い訴求力として表れないように、さりげなく、控えめにさらりと見えるようにしている。

 版画と紙の質感が好きだというのが、とてもよく分かる。とりわけ、黒色が美しく、紙に黒色がのったときの物質感が感じられるところが魅力である。

石田典子

here and there

 エッチング、ドライポイント、アクアチントと共に、今回は、シルクスクリーン技法を応用しながら初めて写真を使っている。

 さまざまな版画技法に加え、和紙や箔を貼ったり、写真を使ったりと、いろいろなことを試しながら、さりとて、それぞれの表現技法が出っ張りすぎない感じである。

 庭に咲くイワダレソウ、仕事場の周りにある森、布のパターンなど、スマホで撮って作品に使った身の回りの風景や旅行でのスナップ等は、なんということのないものばかりである。

石田典子

 ほとんど、無意識にスマホのカメラを向けたそれらの対象は、作品のために使おうと撮ったものではない。

 また、作品となるイメージの断片は、クロッキー帳などに描かれた日々のドローイングが基になっているのだが、それらも具象、抽象が入り混じったプライベートなものであって、メッセージ性があるものではない。

 それらは、美術や版画のために周到に準備されたものではなく、むしろ、特別な意図のないもの、生活の中のなんでもない物や、偶然見かけたもの、映画や音楽など好きなことに関わる事象である。

 ドローイングや写真、記憶、心象のかたちで内面の奥深くに沈殿していたものが、忘れた頃に呼び寄せられ、それらが出会うように作品が作られていく。

石田典子

 1つ1つの取るに足らないものがやって来て、銅版画作品になろうとするとき、石田さんは、それをかけがえのないものとして、とても大切にする。

 それは、遠回りをするような感覚である。

 例えば、iPadで抜く手も見せず描いたドローイングがモチーフなら、単純にシルクスクリーンで作るのでも、銅板に線を直接引くのでもなく、ツルっとしたデジタル画像の線を紙に定着させるために、あえて、その線をあえてシルクスクリーンで銅板に刷るという迂回路を通って、エッチングにする(写真上)。

 言い換えると、生活の断片、生きている感覚をできるだけ、その生っぽさを含めて、銅版画にするため、実験のように遠回りをすることで作品にしていく。

石田典子

 絵として描こうと思っていないことを絵にする。だからこそ、石田さんは、最初から最後まで一本道を進んで、統制された絵画や彫刻を作るのではなく、版画やコラージュのような方法で、性質と文脈がばらばらの要素を拾い集めて、組み合わせていく。

 つまり、石田さんの作品の中では、版画のプロセスやコラージュによって、それぞれの断片が調和して合致することなく、むしろ、ありそうなつなぎ目は外され、ミステリアスなほどに断片と断片がずらされて接合するような感覚が生まれる。

 そうした制作を、石田さんは、記憶の底から断片を感覚的に集めて進めていく。その進め方を彼女は、ロックバンド「くるり」のアルバムタイトルから選んで、「感覚は道標」 と語った。

石田典子

 石田さんは、事前のアイデアやコンセプト、感情表出、メッセージのために制作するのではなく、もっと、瞬間の身体性、生きているそのままの感覚で、断片を集め、接合していく。

 吸い込む空気を体で意識するような、足裏で大地を感じるような、陽光のほんのりとした温かみに肌が喜ぶような、心地よい音楽が体と共鳴するような、そんな感覚である。

 石田さんは、みちくさのように遠回りをして、生活の中の断片をナラティブから離れて接合して、作品にしていく。

 それゆえ、生まれてくる作品は、いろいろな具象的なイメージがあっても、意味や解釈から自由である。不思議な作品である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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