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犬飼真弓「映 – Reflect」Gallery NAO MASAKI(名古屋)で2023年11月4-19日

Gallery NAO MASAKI(名古屋) 2023年11月4〜19日

犬飼真弓

 犬飼真弓さんは1986年、名古屋市生まれ。同市を拠点に制作している。2009年、名古屋芸術大学洋画コースを卒業した。

 名古屋のYEBISU ART LABO、STANDING PINEで個展を続け、近年では、2020年のSTANDING PINEでの個展「日常という存在が我々にもたらす暴力」が記憶に新しい。今回から、Gallery NAO MASAKIにギャラリーを変えて、再始動である。

 幽霊のような、朦朧とした顔を描いている。繊細な線、微妙な濃淡を重ね、1つの作品にたっぷり時間をかけて制作する。見ていると、ヒリヒリと苦しくなるような作品である。

 この画面の、儚く、弱いイメージと質感を出すために、メディウムや細部の描写にとても気を使っていることが分かる。1つの線さえ、おざなりにしないように微視的に見るように描いている。

「映 – Reflect」202年年

犬飼真弓

 苦悩がここにはある。生きることの悲しみ、苦しみがある。一般に人が避けてしまいがちな痛みとともに描くのは、それだけで、とてもエネルギーのいることだと思う。

 そして、筆者が感じるのは、犬飼さんは、こうした作品を描くことに、はからいがないということである。これこそ真正のアートではないかと思わせるおもいが籠っている。

 別の言い方をすれば、描くことで、自分が生きることの痛みと折り合いをつけて、自分が生きることをかろうじて成り立たせている。

犬飼真弓

 だが、苦しみとともの生きることは、犬飼さんだけの問題ではない。そこに、この作品に普遍性がある。

 仏陀は、生きることは苦しみだと言った。その苦しみをやり過ごすのが得意な人とそうでない人がいる。犬飼さんは、適当に取り繕うことができないのだろうと推測する。

 犬飼さんは「見るという行為によって、目に映る事実とは別に、自身の視座を垣間見る事があります。映っているものとそこに生まれた自分。その対比は時には酷く残酷で耐えられない程です」と書いている。

犬飼真弓

 この犬飼さんの言葉は、心の中に現れては消える感情のモジュール、つまり自分という人間によるさまざまな世界の投影を、まさに自分という実在が宿していることが辛いというだと、筆者は認識した。

 そう考えると、ここに描かれている、辛さに耐えながらも生かされていることを受け止めている女性の哀しみは、人間が生きていくことの普遍的な苦しみである。

 膨大な情報にまみれ、ジャッジ、効率化、合理性によって、怖ろしく、不寛容で、暴力の予感がある世界にさらされながら、自分の中の苦しみに耐え、それでも目を微かに見開き、世界を見ている女性がここにいる。

犬飼真弓

 人間関係がうまくいかず、疎外感を感じていたこともあるという作家は、そんなこの世界を、ここではない高い位置から見下ろしていたような感覚を持ったことがあるという。

 無抵抗、無防御、無言で、ほとんど息絶え絶えな空虚な存在として、人間の自己中心性、傲慢さ、世界への不信感を静かに訴えながら、前を見る意思をもって生きていることに、犬飼さんの女性像の崇高さがあるのではないか。

 犬飼さんが、女性を描きながら、自画像でも他の人物を描いているわけでもないということは、その通りだと思う。彼女は、この世界と人間の真実を描いているのだから。

犬飼真弓

 生きているということの奇跡のような喜び、すべての土台になるというその素晴らしさと、生きることの苦しみ、残酷さとのギャップが大きすぎるのである。

 この女性像を見て、どう思うかはさまざまだろう。言えるのは、ここに人間世界の本質があるということである。

 生きることは正しく、死は否定すべきことなのか。病気はダメなのか。美しいものは良くて、醜いものは否定されるべきなのか。いいとか、悪いとかを超えている世界である。

犬飼真弓

 犬飼さんの作品を見て、痛々しいが、救われる気にもなった、という人がいた。醜いけれども、同時に美しいとも感じた、という人もいた。それは、ここに否定がないからである。

 世界の、人間のありのままを受け入れる。人間は、すべて弱く、悲しく、ぶざまな、愚かな存在である。鎧を着て、勇ましくし、強そうに見せても、それは偽りである。それを否定せず、そのままに肯定する。

 これを仏教で「同治」という。筆者は、そんな優しい眼差しをこの作品に見た。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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