いのちの移ろい
愛知・碧南市藤井達吉現代美術館で2021年4月29日〜6月20日、「いのちの移ろい展」が開かれている。現代作家10人の作品と所蔵作品を合わせ、約80点を展示。「いのち」を巡るさまざまな表現に出合える。鑑賞無料。
いのちの起源や輝きを伝える絵画、ドローイング、陶、インスタレーションなど、広範な表現が紹介されている。
同美術館は2020年2月、増改築工事に向けて全館休館に入った。新型コロナウイルス感染症の影響で工事は延期され、ようやく2021年秋からの着工と、1年半後の2023年4月からのリニューアルオープンが決まった。
本展は、コロナ禍の中、改めて美術の面白さを知り、作品を通じて、いのちの輝きを感じてもらおうと着工前に企画された。
「私たちの命はどこにあるのか?」という深遠な問いが企画の出発点である。
私たちは普段、人間の生命のはかなさと重みを実感するとともに、たとえ生物学的に肉体が滅んでも、心の中で大切な人が生き続けるように、別のかたちとして「いのち」が実在し続けるという感覚を持つことができる。
また、いのちを大きな存在、つながりととらえることもできるし、日本では、生き物だけでなく、森羅万象にいのちが宿ると信じられてきた。
本展覧会は、人と人、人と自然を結ぶそんな大きな「いのち」の表現を「I章 いのちに還る」「II章 いのちとの対話」、「Ⅲ章 いのちの響き」の3部構成で紹介する。
作品
現代作家
安藤正子 / イケムラレイコ / 今村哲 / 占部史人 / 大森悟 / 小川健一 / 近藤佳那子 / 野見山暁治 /長谷川繁 / 渡辺英司
収蔵品
伝 池大雅/浦上玉堂/香月泰男/鬼頭鍋三郎/富岡鉄斎/長谷川潔/藤井達吉/和田三造
学芸員によるギャラリートーク
会期中、下記の日程で作品のガイドツアーがある。無料。
4月29日(木曜日・祝日)/5月1日(土曜日)/5月2日(日曜日)/6月12日(土曜日)/6月13日(日曜日)/6月19日(土曜日)/6月20日(日曜日) いずれも14時から約30分
Cafe Barrack(カフェ バラック)in 碧南
愛知県瀬戸市でアーティスト運営のカフェ&ギャラリーを運営する出品作家の近藤佳那子さんが会期中、美術館1階でカフェを開く。季節の味覚を伝える果実のドリンクと軽食が楽しめる。いずれも11時〜16時。日程は次の通り。
4月29日(木曜日・祝日)/ 4月30日(金曜日)/ 5月1日(土曜日)/ 5月2日(日曜日)/ 6月12日 (土曜日)/ 6月13日(日曜日)/6月19日(土曜日) / 6月20日(日曜日)
I章 いのちに還る
このセクションでは、私たちは「人間」である前に、ひとつの「いのち」であると捉え、6作家がそれぞれの記憶や生態系、太古や大きないのちへの想像力から自分を見つめ直している。
所々に、藤井達吉、香月泰男らの作品も飾られている。
小川健一
1969年、愛知県生まれ。愛知県立芸大大学院を修了。
最近は、シリコンで覆ったキャンバスを引っ掻くように描いた「シリコン・ペインティング」と、焼き物によるオブジェを制作している。
シリコン・ペインティングは、厚く塗られたシリコンを素早し筆の動きでかき取るようにイメージを浮かび上がらせる。
シリコンの肌のような柔らかい質感、母子などのモチーフ、シリコンから透けて見える下層のキャンバスの穏やかな色彩が合わさり、とても幸福感のある作品になっている。
詳しくは、過去記事「小川健一展/川見俊展」を参照。
イケムラレイコ
三重県津市生まれ。ドイツのベルリン、ケルンを拠点に制作し、国内外で高く評価されている。
絵画、ドローイング、版画、彫刻、写真や映像など、さまざまなメディアを駆使して、自身の内側にあるイメージを表現する。
東洋と西洋、現実と虚構、生と死、人間と自然など、異なる2つの事柄を往来する。それらが溶け合うような作品は、見る者に作家の内なるイメージ、世界観を共有させる。
名古屋のケンジタキギャラリーでは、5月20日まで、塩田千春さんとの2人展が開催されている。
詳細は、過去記事「イケムラレイコ&塩田千春展 ケンジタキギャラリー(名古屋)」を参照。
近藤佳那子
1987年、三重県生まれ。愛知県立芸大大学院修了。2017年から、愛知県瀬戸市で、現代美術のスペースとカフェ「Art Space & Cafe Barrack」を作家の古畑大気さんと運営している。
会場に展示された作品「おままごと」(2019-2020年)は、縦1.94メートル、横約7.77メートルの長大な油彩画。
おおらかな筆触の色彩と繊細な描写が混在する流れの中に、漫画風の少女の線描がわずかにうつろいながらリズミカルに繰り返され、変化しながら反復される日常が現実と虚構が入りじまった《ごっこ遊び》のようなものとして絵巻物風に描かれている。
占部史人
1984年、愛知県西尾市生まれ。愛知県立芸大大学院博士後期課程を修了。真宗寺院の子息として生まれ、「空」の思想をもとに制作している。
自ら拾い集めた素材を用いることで、過去と現在、未来をつなぎ合わせる。
作家の記憶の中のイメージをすくいあげたドローイングや、車などを表した彫刻によるインスタレーションは、うつろいゆく時間と空間を流浪する旅のような感覚へと導く。
今村哲
1961年、米国ボストン生まれ。愛知県立芸大大学院修了。三重県を拠点に活動する。
蜜蝋、顔料、油絵の具などを使って、多層的で柔らかな質感の絵画作品を制作する。
絵画のイメージは不思議な世界観に彩られ、ナラティブな要素をも含む。
そのいくつかを組み合わせた上で、テキストも加えられ、全体のインスタレーションとして、形而上学的な内容を含んだ寓話として提示される。
アーティストユニット「D.D.」として体験型プロジェクトを行うなど、多様な活動を展開している。
渡辺英司
1961年、名古屋市生まれ。愛知県立芸大彫刻科に学ぶ。
さまざまな既製品や身近にある素材に手を加えることで、言葉と物との関係、世界の本質に対する新鮮な視点を提示する。
立体、平面、写真、インスタレーションなど、1つの形態にとらわれず、多様な作品で、見る者に新たな価値観や可能性を問いかける。
過去記事は、「渡辺英司展 Merman/おとこの人魚」、「なごや寺町アートプロジェクト『しかしかしか』『羊かん彫刻⁉︎』」「task アートラボあいち 名古屋芸術大による企画展」を参照。
図鑑からキノコやチョウを切り取り、その夥しい数を空間に展開する作品は、渡辺さんの代表作ともいえる。
今回は、チョウの切り抜き1万点が壁や天井、ガラスケースを覆い尽くしている。
「色即是空」がテーマ。分類され、人間によって名前(概念)を与えられた多種多様の世界中のチョウが、図鑑の中から現実空間に放たれた展示は何度見ても圧巻である。
分類を離れ、概念を失ったこれらの切り抜きは、名称をもったチョウなのか、無名の生き物なのか、ただの紙切れなのか・・・。
階段には、恐竜をモチーフにした作品「再生の再生」が展示された。
恐竜の姿のイメージが化石を基に再現され、皮膚の色や模様などが推察の域を出ないことから、渡辺んさは、恐竜の骨格模型に紙粘土などで肉付けし、勇ましい姿でなく、愛らしい、人間の手の温もりが伝わる「いのち」として再現し直した。
II章 いのちとの対話
このセクションでは、日常で出合う対象や自然の変化に感じる「いのち」の存在にフォーカスする。目にはっきりと見えなくても感じる気配、運動感覚として感じされる「いのち」である。
2人の作家による、対象の本質や背後にある大きな世界をイメージさせる空間表現が見どころである。
伝 池大雅、浦上玉堂、富岡鉄斎らの作品も展示されている。
野見山暁治
1920年、福岡県生まれ。2020年12月に満100歳を迎えた。
都内と福岡のアトリエを往復しながら、空と海、大地がせめぎあうような自然の根源的エネルギー、ダイナミズム、力強い生命感を描いてきた。
安藤正子
1976年、愛知県生まれ。愛知県立芸大大学院修了。子どもや動物、草花など、いのちあるものを鉛筆や油彩で丹念に描いている。
近年は、家族を描いた木炭画、水彩画、陶レリーフなども手がけている。
画面から、とても丁寧に描かれていることが分かる。柔らかな光を発するような画面や、鮮やかな色彩、艶やかな絵肌、対象に肉薄する描写から、卓越した技術の高さがうかがえる。
描かれたイメージとともに、画面ににじむ張り詰めたような空気感から、非現実的で幻想的な存在感も感じさせる。
Ⅲ章 いのちの響き
このセクションでは、草木も国土もすべて仏になれるという仏教の言葉「草木国土悉皆成仏」から、行き過ぎた人間中心主義、自然支配に警鐘を鳴らした故・梅原猛さんの思想を参照。作品を通じて、日常で目にする対象に優劣をつけず価値を等しく認めるまなざし、純粋な知覚に思いをはせてみる。
長谷川繁
1963年、滋賀県生まれ。愛知県立芸大で絵画を学び、大学院修了後、ドイツのデュッセルドルフ芸術アカデミーに留学。オランダに移った後、帰国した1996年以降は、神奈川県川崎市を拠点に制作している。
文人画などを学び、日本人にしか描けない絵画を目指している。近年は、言語と感覚、物とイメージなど、日常では異なる領域に属するものを自在に横断し、柔らかな思考とユーモアを生かした作品を発表している。
大森悟
1969年、茨城県生まれ。東京芸大で絵画を学び、大学院博士後期課程修了後、人間の目と身体との密接な関係に関心を向けた光のインスタレーションなどを発表してきた。東京を拠点に制作。