ケンジタキギャラリー(名古屋) 2022年11月26日〜2023年1月21日
12月25日-1月13日休廊
今村哲
今村哲さんは1961年、米国ボストン生まれ。愛知県立芸術大学大学院修了。三重県を拠点に活動している。
絵画及び、絵画を中心としたインスタレーション作品で知られる。作品は物語性に富み、ときに虚実の入り交じったテクストとともに提示される。
絵画では、神話や文学、史実、科学、映画などからの引用、創作によって織り込まれたフィクショナルなイメージが生成される。その世界観は、寓話的、歴史的、文明論的、哲学的で、批評精神とユーモアを交えた独自のものである。
今村さんの作品の面白さは、奇怪で奥行きがある物語性をもった、そうしたオリジナリティー豊かなイメージである。
2002年に、MOTアニュアル2002「Fiction?-絵画がひらく世界」(東京都現代美術館)に出品。2007年には、東京・森美術館の「笑い展:現代アートにみる『おかしみ』の事情」にも参加している。
東海地方では、2021年4-6月に、愛知・碧南市藤井達吉現代美術館での「いのちの移ろい」展で独自の世界を見せてくれた。
パートナーである染谷亜里可さんとのアーティストユニット、D.D.による活動歴も多数。最近では、2021年の「王様だけがパンツを履く」、2020年の「Tilted Heads」がある。
2022年 鳥の人 猿の人 化身の人
個展のタイトルは「鳥の人 猿の人 化身の人」。以前から、今村さんの絵画・テキストは人類の進化、文明をテーマにしていることが多くあった。
今回の出品作の多くは2022年に描いた新作であるが、一部に2017年や2019-2021年の作品がある。
まずは、ギャラリー1階スペースの展示作品から。
ここに展示してある大作「鳥」は、鳥が描かれているというより、木に上がった人類、鳥のように肌の色がカラフルな人類である(2階で配られるテキストも参考になる)。人間なのか鳥なのか、いきなり不可思議な世界である。
彼らは、鳥のように大きな樹木の枝に止まって、さまざまなポーズをとっている。枝の上に立ち上がっている人、幹にしがみついている人、ぶらさがっている人などがいる。
その近くには、「鳥の赤子」と題された小品がある。同じ生き物の赤ちゃんが描いてある。いずれも、ボディは人間のようで、人類が進化したようにも退化したようにも見える。
ふと、そんなことを考えていると、「退化するように進化する」という2020年の大作が1階の正面にあった。顔が猿に戻ったような人類のイメージである。
進化と退化が重なり合うイメージは、今回の作品の随所に見られる。今村さんの関心に進化 / 退化があるのは、間違いない。
別の作品に、エリマケトカゲのような大きな襟がついた人類の絵画、ドローイングがある。
この襟を広げて、水面に仰向けに浮かんだ姿が描かれたドローイングがある。その一方で、襟を広げて空を飛んでいるようなイメージもある。あるいは、飛んでいるのではなく、襟から異次元に顔を出しているように見えなくもない。
タイトルは、「限りなく自由でとてつもなく不自由」。空を飛べるのは自由のあかしだが、大きな襟が首に付いているのは、なんとも不自由である。
進化は退化と同時に進み、新たな自由は別の不自由を抱え込むことで生まれる。そんなまなざしを感じる。
「ジャクソン・ピザ」という作品があることで、今村さんの作品世界は、ますます意味深となる。
幼児らしき4人が描かれているが、いずれも、腰のあたりから、丸く大きなピザがバレエ衣装のチュチュのスカートのように水平に広がっている、これも奇妙なイメージである。
1階には、南方熊楠をテーマとした9点セットのドローイングもある。
紙に水彩で熊楠が研究した多種多様なキノコや植物が描いてあるが、そこかしこに小人が描き加えられている。
この作品に関しては、熊楠が生涯を閉じる直前、最後に発した「天井に花が咲いている」という言葉が紹介されている。
死の床にあった熊楠のエピソードとして知られるが、今村さんのテキストは、文学、歴史や作家などの逸話の引用、それらのパロディを含め、虚実の境界が分からない。それが、また今村さんの作品の魅力でもある。
2階では、奥の部屋(窓側)の空間が展示の中心である。ここで、今村さんが書いたテキストを手に入れることができる。
「元に戻る」「化身」というタイトルの2点の作品ではそれぞれ、格子状に細い青線が引かれた絵画が壁に掛けられ、そこから糸が床へと伸びている。
糸の先には、ミノタウロス(ギリシャ神話の牛頭人身の怪物)と、くだん(日本の人面牛体の怪物)、あるいは、ケンタウロス(ギリシア神話の上半身が人間、下半身が馬の種族)と、馬頭(仏教において地獄で亡者を苦しめる馬頭人身の鬼)の手脚がつながれている。
絵画と人類を巡る、ある種、荒唐無稽なストーリーである。
「ホモサピエンスの瞬間」は、絵画と装置で構成されるインスタレーション作品である。絵画は、猿が果物を手にしているイメージである。
その下の床に、グレープフルーツを使った電池でLED電球を点灯させる実験装置がある。
つまり、この作品では、果物をもぎって食べていた猿からの進化がテーマである。
大昔の猿も、現代の人間も食べている果実を媒介に、人類が文明発展の中で手にした電気というエネルギー技術をユーモラスに捉えているのだ。
その近くには、円柱状の立体作品「プロメテウス」がある。プロメテウスはギリシャ神話で、天上の火を盗んで人類に与えた存在である。
この柱状の作品では、柱を人が登っていき、頂上で、平凡な色の体からカラフルな体へと進化する様子が表現されている。
火を利用することで社会文化的進化を急速に早めた人類になぞらえ、体が鮮やかになった人類の物語を描いているのだろう。
空想力を飛翔させ、丹念に、複雑に編み込まれた独特のイメージと物語の相乗作用によってもたらされるおかしさと深度。そこにこそ今村さんの作品の魅力がある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)