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飯山由貴 あなたの本当の家を探しに行く 愛知県美術館で3月21日-5月31日 2023年度第1期コレクション展の一環

飯山由貴さん 

 飯山由貴さんは1988年、神奈川県生まれ。女子美術大学芸術学部絵画学科洋画専攻卒業、東京藝術大学大学院美術研究科油画修了。東京を拠点に活動している。

 2015年、愛知県美術館で「APMoA Project, ARCH vol.16:飯山由貴 Temporary home, Final home」として個展を開いた。

 ほかの展示に、「アーティスト in 六区 2016 vol.1飯山由貴『生きている百物語』」(瀬戸内国際芸術祭2016春会期、宮浦ギャラリー六区)、2022年の「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング 」(森美術館)など。

 同年には、「あなたの本当の家を探しにいく」(東京都人権プラザ)でも個展を開催。

 この際、関連イベントとして上映が予定された映像作品《In-Mates》(2021年)に対して、東京都人権部が企画の趣旨に合わないとして、上映禁止と判断。作品の中に、関東大震災(1923年)の際の朝鮮人虐殺に関わる箇所があったためで、飯山さんらが検閲だとして、2022年10月に記者会見をしている。

 《In-Mates》は、戦前、東京都北区に実在した精神科病院・王⼦脳病院に入院していた朝鮮人2人の診療記録を基に、当時の状況と現在の在日韓国人が抱える葛藤や苦難を表現している。

 美術評論家連盟は、2023年3月になって、東京都人権啓発センター理事長と東京都知事に抗議の意見書を送付した。

あなたの本当の家を探しに行く

 今回展示されたのは、2020年度に愛知県美術館に収蔵された2013-2015年の映像作品5点である。

 飯山さんは、個人的な記憶や出来事を端緒に、社会から見過ごされがちな「生」について表現している。愛知県美術館の展示では、精神疾患と社会との関係をテーマに、妹と共に作った代表作をまとめて紹介している。

飯山由貴

 「あなたの本当の家を探しに行く」(2013年)は、「本当の家を探しにいく」とつぶやいて家を出ようとする精神疾患の妹とともに夜間、近所を彷徨った映像である。

 2人は、頭に小型カメラを装着。飯山さんによる精神疾患である妹との生活実践であるとともに、カメラで撮影された夜の住宅街が異化され、幻想的な様相を帯びている。妹の幻覚や幻聴を受け入れ、寄り添う姿勢が映像化されている。

 「海の観音さまに会いにいく」(2013年)は、そんな妹の幻覚を家族全員で具現化した映像である。

飯山由貴

 ムーミンのような姿も見える。手作りの着ぐるみのような衣装に身を包み、観音さまにお参りにいく映像はある種の滑稽さとともに微笑ましい雰囲気をにじませる。そこには妹の幻想を否定することなく、家族で肯定し、受け入れ、再現する姿がある。

 個人が頭の中に閉じ込めてきた妄想の具体的な語りが、おとぎ話のような物語性、演劇性へとつながっていくプロセスが見て取れる。

 「hidden names」(2014年)は、医学史研究者である鈴木晃仁さんへのインタビューを作品として映像化した作品である。

飯山由貴

 鈴木さんは王子脳病院の症例誌(診療記録)を研究している。

 精神科病院の入院患者の記録によって、精神疾患を巡る当時の状況や社会背景が語られ、飯山さんの妹の精神疾患と個人的な家族関係が、精神医療史や日本という国家制度の中で考えるものへと展開した映像作品になっている。

 「無声映画にまつわるいくつかの共同作業とワークショップの記録」(2014年)は、衣笠貞之助監督によるサイレント映画「狂った一頁」(1926年)が題材である。

飯山由貴

 「狂った一頁」は、多重露光、フラッシュバック、クローズアップ、多重露光などの映画的技法を駆使し、純粋な映像を追求したアバンギャルド映画である。

 飯山さんの作品では、上半分に精神病院を舞台とした元の映画、下半分にその映像に4組のミュージシャンそれぞれが伴奏を付けるワークショップの映像がある。

 「何が話されているのか、また何故その発話の形式と内容は、そうした形をとるのか」(2015年)は、江戸時代の武士が経験した怪奇現象の記録「稲生平太郎物語」と、近代の精神疾患の患者が見た幻覚を再現するワークショップの映像である。

飯山由貴

 飯山さんは、妹や友人と小道具を制作し、幻覚を捉え直している。

 ここには、怪奇現象や妖怪譚と精神疾患の幻覚の境界領域がある。幻覚を単にその人が遭遇した現象や、その人の中で起きたこととだけ解釈せず、時代や地域、社会意識などと関係するものとして考える立場で分析している。

 自分自身と、妹の精神疾患、家族との生活、関係を見つめるささやかな実践が、社会や国家、歴史と交差する。

 それは、精神疾患を狭域に追いやるのではなく、歴史の中でどう表象されたのか、社会からどんな眼差しを向けられてきたのかを改めて浮かび上がらせる試みでもある。同時に、精神疾患に私たちがどう関わり、寄り添うのか、共生やケアをどう捉え直していくのかという極めて現在的な課題も提示している。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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