AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2022年1月8〜29日
出口俊一
出口さんは1993年生まれ。2017年、名古屋芸術大学美術学部彫刻コース卒業。2019年、愛知県立芸術大学大学院博士前期課程修了。
生まれは米国カリフォルニア州。幼少時は、米国、中国で暮らし、小学校6年のとき、日本に移り住んだ。愛知県日進市を拠点に制作している。
母親は中国系米国人、父親は日本人である。多文化的な来歴は、出口さんの作品の背景の1つ。例えば、東アジアの民俗文化への関心が高い。
木曽ヒノキを素材に、仏像などと同じ寄せ木造りで造形し、カシュー漆で装飾するのが基本である。
作品は、床置きの大作から、台に設置するタイプ、壁に留められた小型のものまで、幅広い。
一見、金属に見える部分も木で作るなど、細部も丁寧に加工している。工芸と彫刻の両方の雰囲気をそなえ、素材や制作プロセスが気になる作品である。
2019年、2020年に次ぐ個展で、今回も、大小多様な作品が展示された。
まばたき 2022年
AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2022年1月8〜29日
コンセプトやロジックで作るというよりは、ドローイングを繰り返す中で出てくる形をモチーフにしている。
そうした造形化の過程で、余計なものを削ぎ落とし、シンプルなものにしていく。そうした1つが、ゆりかご、舟、あるいは月を想起させる形である。
曲線の美しさを追求する中で形の大枠が決まり、さらに植物や鎖などが加わり、全体が造形化される。
作品は、形の美しさから生まれるが、出来たものを見ると、どこかフィクショナルな民具的あるいは祭具的、言い換えると、象徴的な印象も帯びている。
そうかと思えば、不定形な身体器官のような形、初めて3Dプリンターを使ったというフィギュアもある。
正直なところ、筆者は、作品の振幅があって、戸惑うところもある。興味の対象が幅広く、スキルがしっかりしていて器用なだけに、展開が早いのである。
3Dプリンターも取り入れ、これからの彫刻について思いを巡らしているところもある。
言えるのは、これらの作品がドローイングの中から生まれた形であることと、木とカシュー漆を素材に、仏像と同じ制作方法をとっていること、である。
その上で、あえて、垣根をつくることなく、抽象的、造形的な形の美しさを求めながら、具象的なものを融合させるなどして、新たな形をつくっている。
古びた感じと、新しさが共存している。懐かしく、そして新しい。特定の意味や象徴性、記号化を回避しながらも、人間が生活の中で生みだした民具のような形を作っている。
出口さんの作品は、人間はなぜ生きていく中で造形物をつくるのかという奥深い関係を、現代を感じながら形にしているように思えるものである。
さまよう よるべ 2020年
AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2020年10月3〜24日
作品は、光沢のある黒い曲面が特徴。メインの作品など、舟、揺り籠のイメージが多く、そこからさまざまな形態へと広がっている印象だ。
舟は、移動する、旅をするイメージである。また、舟から派生し、月や牙、風景、生き物など、別のイメージへと想像がかきたてられる。
舟、揺り籠は、いずれも人が入る(乗る)容器である。
筆者は、出口さんの作品がはらむ一風象徴的な雰囲気から、ジム・ジャームッシュ監督の映画「デッドマン」で、ジョニー・デップ演じるウィリアム(ウィリアム・ブレイク)が魂の故郷に帰る舟を思い出す。
1996年にインタビューしたドイツの美術家、ヴォルフガング・ライプさんは、大理石や蜜蠟で作る自身の家や舟の作品について、「 家の形を逆さにすれば、もう舟の形になっていて、突然、開かれたものになる」と語った。
ライプさんの作品は、舟や家によって、精神への旅へと誘ったのである。
出口さんの作品にも、精神世界への関心を感じる。画廊によると、出口さん自身、考古学や民俗的文化に関心があるという。
作品は、ほとんど、つややかな表面になっていて、とても軽やかな印象。浮遊感さえ感じる。
作品の一 部は小さく、さりげなく壁に留められている。まるで生き物のようにも見える。
植物が連想される形態、体の一部が突起物のように伸びた人体の異形もあって、不気味な感じもする。
黒い部分は、全体には、カシュー漆による滑らかな質感が多いが、一部は、龍脳や、墨を使うなどして変化をつけている。
所々に取り入れた銀箔は、酸化による変化も作品に取り込んでいる。
内部の空洞に、 小さな木彫や、作品についての考えを書いた文章を収めている作品もあって、振ると音がする。
胎内仏のようなものであろうか。
人間と文化、造形物の深遠な関係が多様な形態によって浮かび上がってくる印象である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)