Gallery NAO MASAKI(名古屋) 2022年7月23日〜8月7日
堀尾昭子
堀尾昭子さんは1937年、徳島市生まれ。1959年、徳島大学医学部付属高等看護学校を卒業。看護師として勤務し、1962年頃、25歳から制作を始めた。1967年、「具体新人展」に出品。翌1968年に具体美術協会会員となった。
1972年の具体解散後も、大阪の信濃橋画廊などでの個展や、京阪神のグループ展を中心に活動してきた。
木や紙、空き箱、鏡など、身の回りの素材を組み合わせ、最小限の線を引くなど、切り詰めたような静謐な作品である。
構造、透明感のあるアクリル板や鏡を巧みに使い、陰影、光の反射や透過、映り込んだ像などが作品の一部をなしている。
同じ具体会員だった堀尾貞治さん(1939-2018年)の妻である。2021年、兵庫・西脇市岡之山美術館で「堀尾昭子の現在」展を開催。
2022年6月29日~11月6日の会期で開催している東京・森美術館での「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」展に貞治さんとともに参加している。
世界を組む
筆者は、主に関西で作品を発表してきた堀尾昭子さんの作品を見る機会がなかった。今回、NAO MASAKIで作品を見て感じたのは、月並みながら、ミニマルな美しさである。それは、すべてが「無題」であることからもうかがえる。
堀尾昭子さん自身が「作品は無言であるべき」との思いで制作してきた。筆者は、作家が自作について書いた文章の中で、「雑草に美しい花が咲いているのを見るたびに、こんな風につくりたいと思います」とあるのに目を留めた。
取るに足らない自然の摂理の美。この世界で「私」が見いだした線、色、素材を還元的に用いて、それを「組む」ことで、世界の中に、全く新しいものを生みだしている。
それは、あたかも自然の法としての雑草の花のように、長い時間をかけて生まれた、ささやかな存在であるが、紛れもなく、堀尾昭子さんが組みあげた世界の新たな断片である。
筆者は、作家が「世界を組む」ことの試みと言っていることにも注目している。「編む」ではなく「組む」。これは手工芸ではなく、立体や平面を構築する建築のような発想である。
シンプルさも、そこから来ている。ある程度、素材を限定し、テクスチュアを抑制している。曲線でなく直線、無形でなく形と言ってもいいが、垂直線、水平線による幾何学的な形態、均衡した造形を基本にしている。
もう1つ、筆者を惹きつけたのは、堀尾昭子さんが、日常の雑事、社会への参加と制作の時間を同等に大切だとしている点である。
つまり、制作することが、生きること、生活することとつながっていて、超越的、芸術至上主義的な意識がない。雑草の小さな花のように、日常にある還元された要素を組み立て、その喜び、発見から美しいものを作っている。
そこには、小さくとも、完結したような美しさがあり、それが同時に空間に響く。つまり、それだけで過不足のない作家の「世界」がより大きな世界との関係性をもつ。
壁のような構造や、鏡や透明なアクリル板など、光と影、映り込んだ仮象を意識した「世界」は、そうしたつながりの象徴でもある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)