Art Space & Cafe Barrack(愛知県瀬戸市) 2021年8月5日〜9月5日
堀至以 Hori Chikai
堀至以さんは1988年、愛知県生まれ。金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科油画専攻卒業、同大学院美術工芸研究科博士後期課程修了。
長年、金沢で制作していたが、2021年4月、愛知県に制作拠点を移した。13ぶりに地元の愛知に戻ったとのことである。
2018年、「清須市第9回はるひ絵画トリエンナーレ」(愛知)で、準大賞を受賞。翌2019年、清須市はるひ美術館で「清須市はるひ絵画トリエンナーレアーティストシリーズVol.89 堀至以展」を開いている。
また、同年、「VOCA展2019 現代美術の展望-新しい平面の作家たち」、「群馬青年ビエンナーレ2019」にも参加した。
サザンライト
全体にグレーがかった色彩による油彩絵画と、その制作の考えを反映させたドローイング、立体などを展示している。
絵画が支持体という塗膜に重ねた複数の絵具のレイヤーによって成り立つことを意識的に捉えた絵画である。
そして、レイヤーを単純に下から上へと重ねるのではなく、意図的に上と下のレイヤーを接続するなど、断層をつくるように線や色面を結び合わせる描法を採っている。
分かりやすい例では、地塗りの黒の上に青みがかった淡いグレーを重ね、さらに、その上に黒い線を重ねた作品がある。
その過程で、中間部分のグレーを部分的にエアーで飛ばし、下地の黒を覗かせ、それに上層の黒い線をつなげているのである。つまり、別々の絵具のレイヤーを錯綜させるのが、基本的なスタイルである。
堀さんは、あらかじめイメージを決めてから描くのではなく、描きながら画面で起きた出来事に対し、次の反応を連鎖させるように筆を動かしていく。
継起的な反応によってつくられていく画面は、いきおい即興的、ドローイング的な要素が加わり、レイヤーを撹乱するような線の半ば強引な割り込みや、色彩の浸潤によって、図と地が絶えず連鎖的に交代、錯綜し、それぞれの部分が有機的につながっている印象である。
つまり、地としてあった下層の一部がそこに連結された上層の描画によって引き上げられるように浮上し、また逆に、上層の形象や線が沈み込むなど、画面は、どこかたどたどしく、諸要素が複雑にもつれたようになっている。
このレイヤーの深度をもったもつれ、ある種の断層が入り組んだ構造は、地と図が循環するような動き、乱調の感覚を与え、その絵画空間のゆがみのような不安定感によって、逆説的に魅力たりえている。
展示会場には、こうした絵画での問題意識を別のかたちで示した作品も展示してある。
32枚(現在の堀さんの年齢にちなんでいる)のわら半紙が円形状にレイヤーを重ねるようにぐるりと一周し、そこに鉛筆で渦巻き模様のドローイングをしてある。
ここでは、ウロボロスのように、ドローイングの最初と最後がつなげてあり、線の終わりが始めになるという循環構造になっている。
わら半紙のレイヤーは下から上に重層化しているが、ドローイングの線は、そのレイヤーをまたぐように引かれ、最上層の線が最下層の線につながるなど、終わりがない。
さらに、堀さんは、色の変色を見越して、あえて、わら半紙という素材を使っている。それによって、ここでは、時間という問題意識も印象づけている。
つまり、時間によってわら半紙が変色するような、過去から未来への方向性をもったシームレスの時間の中に、そのレイヤーを横断する断層のある時間を盛り込んでいる。
それは、絵画空間でいえば、重層化する画面のレイヤーが下から上へと一律に進むのではなく、その過程が途中で放棄されて、上の層が下の層とつながるなど、断層をつくっている。
堀さんの作品では、時間のベクトルが過去から未来へ進むのみならず、あたかも、時間の向きが変わり、断層をつくりながら循環するような画面を仮構しているのである。
描くという行為と過程、それに伴う出来事の連鎖によって乱調を内在化した堀さんの絵画作品には、ユニークな空間と時間についての問題が孕まれていることが分かる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)