愛知県立芸術大学サテライトギャラリー SA・KURA(名古屋) 2024年7月13~21日
北條知子
北條知子さんは愛知県生まれ。東京藝術大学大学院音楽研究科芸術環境創造領域、ロンドン芸術大学 ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション MA サウンド・アーツ修了。
実験音楽とサウンドアートを軸に、リサーチを通した領域横断的な作品を制作している。
近年は、オノ・ヨーコや川上貞奴など、欧米にゆかりのある日本人女性作家に着目。歴史的に沈黙させられてきた声の可聴化をテーマにプロジェクトを展開している。
ドイツのZKM、国際芸術センター青森など国内外で発表。最近の主な活動に、2020年サウンドインスタレーション「気配」(さいたま国際芸術祭)などがある。また、愛知芸術文化センターの「AAC サウンド・パフォーマンス道場」では、グループ「OO(オゥオゥ)」で受賞し、別途、特別公演に出演する機会もあった。
今回の展示は、愛知県立芸大が毎年取り組む「アーティスト・イン・
レジデンス」事業の一環。応募総数98件の学外公募で選ばれた。
2024年6月17日から7月22日まで、同大に滞在しながら、制作、展示、アーティストトーク、ワークショップを実施している。
recordari
最近、仏教や、瞑想、心、脳科学に興味を持つ筆者にとっては、興味深い展示であった。個展タイトル recordari の record は、記録を意味する。cordari は、心を意味するとのことである。
今回の滞在制作は、米国の実験音楽の女性作曲家、ポーリン・オリヴェロス(1932-2016年)についてのリサーチがもとになっている。アコーディオンの演奏家、フェミニスト、アクティビストでもある。
とりわけ、1971年に出版された作品集「ソニック・メディテーション(音の瞑想)」の概念が展示の土台になっている。
北條さんは、レジデンス期間中、愛知県長久手市の県立芸大キャンパス周辺を歩き、現地で見つけた素材を用いて演奏、録音し、その体験をもとにリスニング・スコアを制作した。全3回のワークショップでは、オリヴェロスの概念について紹介するとともに、実際にリスニング・スコアを演奏したという。
SA・KURAの空間には、オリヴェロスの「ソニック・メディテーション(音の瞑想)」の紹介とともに、北條さんのリスニング・スコアなどを展示している。
また、ワークショップで実践した「演奏」と、作家自身がキャンパス周辺で録音した音を使った作品がスピーカーから流れている。和紙で編むように作られ、吊るされた立体の内側には、ワークショップ参加者のさまざまな内なる声が記されている。
さらに、体験型作品「草の道 / 足の裏を耳にして歩く」がある。愛知県立芸大キャンパス周辺で集めた雑草とコウゾで和紙を漉き、そのシートを道のように床に並べた作品である。
筆者も靴を脱いで、ゆっくり上を歩いて、目を閉じてみた。各和紙のシートは、雑草によって肌理が異なるため、さまざまな感触を足の裏で感じることができる(素足なら、なお良い)。人間にとって、今ここにいる「自分」の感覚、生きている瞬間の感覚こそが、思考(妄想)や自我を超えるものである。
米国の脳科学者(神経解剖学者)ジル・ボルト・テイラーの著書「ホール・ブレイン」によると、人間は感じることもできる「考える生き物」というより、考えることもできる「感じる生き物」である。最新の脳科学は、仏教と重なる部分がとても多い。
ありのままに自分を観察する、仏教のヴィパッサナー瞑想には、歩く瞑想があり、筆者も日々、実践している。さまざまな雑草を練り込んだ和紙からは、とても繊細な感触を足の裏で感じ取ることができる。ぜひ会場に足を運び、体験してもらいたい。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)