なうふ現代(岐阜市) 2022年3月5〜27日
アトリエ hitotema
三重県を拠点とする美術家の田中翔貴さんと妻で陶芸家の秋保久美子さんのユニット「アトリエ hitotema」の作品展である。
ユニットは、2017年に結成された。こうしたケースでは、それぞれの作品とともに、2人の感性と作品世界がふれあい、新たな展示空間が生まれるのが楽しみである。
ユニットの作品はこれまで、なうふ現代以外に、三重県いなべ市の自身のアトリエhitotemaや、三河湾の佐久島・弁天サロンギャラリーなどでも展示してきた。
田中さんは1989年、愛知県生まれ。名古屋芸術大学メディアコミュニケーションデザインコース卒業、名古屋芸術大学大学院メディアデザイン研究領域修了。
秋保さんは1988年、愛知県生まれ。名古屋芸術大学テキスタイルデザインコース卒業。
美術作家としての田中翔貴さんは、ゼラチン・シルバー・プリント(白黒写真)の技法をベースに絵画と写真のあわいの表現を追究している。
自然、風景をモチーフに、感光剤の塗布やイメージの投射・感光、感光剤による描画、現像など一連のプロセス全体に関わって作品化する試みである。
そこから、可視/不可視、写真/絵画、光/闇、描画/化学変化、イメージ/物質、必然/偶然、具象/抽象の間で揺らぐような独自の世界を生み出している。
田中さんの個展は最近では、今回と同じ岐阜市のなうふ現代で、2021年5、6月に開催された。
同じ時期の2021年4-7月に岐阜県美術館で開催されたアーティスト・イン・ミュージアム AiM Vol.10でも、作品が展示された。
このときは、 ゼラチン・シルバー・プリントのほかに、植物の形と色を布に写し込む染め技法による作品も展開した。
「緑のほとり」なうふ現代
今回は、この染めの手法で、アトリエの所在地である三重県いなべ市の身近な植物を布に写しとった平面作品と、植物のイメージを基に制作された陶のオブジェが出品されている。
平面作品は、自らが暮らす足元の自然の多様性、それぞれの植物の形状と色彩にまなざしを向けているのが分かる。
ユニットでは、気張らず、生活空間に合うシンプルな作品を発表することを考えている感じであるが、そのスタンスにとても好感がもてる。
作品から、植物の美しさと神秘性が浮かび上がっている。ありのままの自然が素直に表現されていることが逆説的に植物の深奥の尊厳を私たちにつないでくれる感覚である。
植物をそのまま布に写し取る手法は、「形地染め」と自ら名付け、継続的に実施している。草木染めから発想した方法であるが、植物の形をそっくり転写するので押し花に近い印象もある。
自分たちの生活圏の中で出合った植物を布で挟み、金づちで叩いて、植物の形と色彩を布に転写するというシンプルな方法である。
色落ちしないよう、アルミニウム、鉄、銅で媒染する過程で、化学変化が見られるなど、田中さんが美術表現で使う写真の現像と類似しているところがあるのが興味深い。
作品は、植物そのものを写し取ると同時に、それらの生態系、言い換えると、その植物が自生していた土地の空気をも伝えてくれるようである。
素朴な方法だからこそ、何ということはない身近な植物の恵み、不思議な存在感、形の複雑さや色彩の多様性などがストレートに転写される。
あるがままの豊かさが、ただそこに立ち現れたということによる、みずみずしい生命の感覚、静穏さ、安らぎ。
さまざまな植物が1つの画面に構成された作品では、植物図譜のように、形と色彩の豊かさが転写されている。
雑草を含め、見逃しかねない身の回りの生活圏の植物ばかりであるが、それがとても美しい。
転写する布はさまざまで、薄い色の地に植物の形と色彩を際立たせている作品のほかに、布の色彩、模様と植物の転写イメージを響き合わせている作品もある。
一方、陶芸家の秋保さんが、植物をモチーフに制作した陶のオブジェも、とてもかわいくて、面白い。
盆栽のように見えるが、立体的ではなく、植物の陶板を作って立ち上げるようにしているのが特徴的である。
いわば、盆栽風に切り抜いたフラットな植物のイメージが立ち上がっている感じ。
イメージがイラスト風で、本来の盆栽とのギャップを生み出しているのがユーモラスである。
もともと、盆栽は自然を模して造形するので、焼き物で表現するのにはかなり無理があるのだが、うねるような枝ぶり、微妙な葉姿、生き生きした幹の肌などを焼き物で再現することで独自の味わいを生んでいる。
クオリティーをさらに磨き、展開させると、秋保さんの独自の世界として、かなり人気が出るのではないだろうか。
筆者は、オリジナリティーといい、面白さといい、かわいらしさといい、可能性を感じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)