ガレリア フィナルテ(名古屋) 2025年1月7日〜2月1日
倉地比沙支
倉地比沙支さんは1984年、愛知県立芸術大学美術学部絵画専攻油画卒業。同大学院美術研究科油画専攻修了。版画などさまざまな技法を融合した平面作品で、イメージの力を引き出している。
2019年の「倉地比沙支展 Crispy ground —伏流水—」、2021年の「知覚の深度 植村宏木、倉地比沙支」、「不見富嶽八景」、2022年の「金光男|倉地比沙支|山田純嗣」、「倉地比沙支 ライツギャラリー」も参照。
近年は、故郷の愛知県扶桑町の木曽川近くの砂地とその下層の伏流水、すなわち、原風景としての、粒立つようなざらついた砂と、水しぶきを上げる水面のイメージによる世界観をモチーフとしていた。
砂地や水面が画面を覆うような作品は、作家の深奥に沈潜した記憶と想像力によってイメージが発現されながら、そのとらえ難さがメタファーとして機能した。
筆者が、これらの作品で注目したのは、きめ細かい描写による砂地や川の奔流の記憶と知覚がイメージを超えて立ち現れるような物質感である。
この手の作品を見ると、どうしても技法が気になってしまうが、倉地さんの場合、版表現や、パソコンによる加工、手彩色、線描などの過程が執拗に繰り返され、技法をことこまかに説明するのは不可能に近い。
Quadrupedalism
謎めいた隠喩的な連想を喚起させる作品としては一貫しているものの、今回は、より明確なイメージに回帰している。
個展のタイトルになっている、《Quadrupedalism》は「四足歩行」、すなわち動物が4本の足を使って移動する運動形態を指している。
昨年10月、倉地さんが東京の万画廊で開いた個展では《Bipedalism》をテーマとしている。これは「二足歩行」。そして、今回も二足歩行のイメージを捉えた作品は出品されている。
つまり、おおよそ、二足歩行から四足方向への、テーマの展開が見て取れる。倉地さんは以前、自動車を取り上げた作品もある。つまり、移動や前進は長年の問題意識の一つである。
移動するとは、何を含意するのか。前に進むとはどういうことなのか。人間は他の霊長類から進化した二足歩行として、効率性を手に入れたが、その人間は今、どこに向かおうとしているのか。
二足歩行から四足歩行という、一見、退化と思われる作品展開に、「進化とは何か」というような問題意識を見て取れる。
今回の作品を見ると、イメージとしても、また画面の細部としても、これまで以上に、多種多様な物質感、触覚性が混ざり合っているように思われた。
ここでは、幻想的なイリュージョンが、石やガラス、液体、繊維質、植物、皮膚、粒子など、さまざまな物質感、触覚性が融合し、重層するものとして現れている。
写真では分かりようもない、この繊細極まりない画面の肌理をぜひ肉眼で見てほしい。画面に目を近づけると、実に多様な手の動きの痕跡と質感があることが分かる。
キマイラのように、さまざまな物質が融合した四足歩行の視覚的イメージーー。だが、それだけではない。
そのイリュージョンを突き破るかのような、多種多様で、過剰なまでの手の動きの痕跡と質感が、うごめくような複雑な動態、内なる存在の厚みと結びつくことで、「進化とは何か」に応答しているように思えるのだった。
この複雑な触覚性、内在する動感によって、固定したイメージを凌駕した神秘性、全体性を感じさせるのは、倉地さんのこれまでの作品も同様である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)