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林武史展 美濃加茂市民ミュージアム(岐阜) 石の記憶、泥の声

林武史

 岐阜市出身の彫刻家、林武史さん(1956年生まれ)の展覧会「林武史 石の記憶、泥の声」が2020年9月19日〜10月25日、岐阜・美濃加茂市民ミュージアムで開かれている。屋内外に大型作品を配した、充実した展示である。

 美濃加茂市は、1988年から10年間、「美濃加茂彫刻シンポジウム」を開催。その流れを受け継ぎ、美濃加茂市民ミュージアムが2000年10月、「芸術と自然」をテーマに開館した。

 中でも、毎年、このテーマにふさわしい作家によって行われる滞在制作と展覧会は、注目される取り組みである。開館20周年の今年、選ばれたのが、岐阜県白川町に制作拠点を持ち、東京芸術大教授として後進の育成にも当たる林さんである。

林武史

 林さんが使う素材は、基本として石である。そして、2000年頃からは、土や泥も素材に取り入れ、より世界観を深めた作品を展開している。

 黒御影石などを柱状、板状に彫り出し、場に展開することで、それぞれの形態、色彩、表情とともに、それらの構成が豊かな空間を立ち上がらせる。

 土や泥へと素材を広げることで、空間的な造形性のみならず、積層する大地や地勢、土地の風土、歴史や人間の営み、自然との関わりなど、より見る人の記憶が交差するような風景を出現させるようになった。

 それは、流れゆく今という時間と、内面の奥底に眠っている記憶、地質学的な長く深い時間を結び合わせる世界だと言ってもいい。

 筆者と林さんの過去の接点は、大きく2回ある。

 1回目は、筆者が中日新聞文化部の美術記者だった1997年、林さんが東京芸術大資料館陳列室で展覧会を開いたとき、旧知の美術評論家、嶋崎吉信さんに展覧会レビューを新聞に書いていただいたとき。

 2回目は、筆者が新聞記者として美濃加茂市に赴任していた10年ほど前。林さんが白川町の笹平高原にスタジオを建て、作品を展開し始めた頃である。

林武史

石の記憶、泥の声 2020年

 では、今回の展示を紹介したい。まずは、展示室内の作品から。

 黒御影石、赤御影石を使った作品「光の沼」は、直径6〜7メートルの円形の作品である。

 サークルの外周や、その中に、板状の石が配されている。あるところでは寄り集まり、別のところでは踏石のように連なり、また、別のところでは余白を生むように配置されている。

 林さんの作品の魅力が凝縮している。それぞれの石の単体は、さりげないというのか、加工もほどほどに、何ということもなく無愛想なのだが、それらが構成されることで、とても豊かな場、空間をつくっている。

林武史

 板状の石は、幅や奥行き、厚み、傾きが微妙に異なり、切断面が多様な起伏と表情を感得させる。柔らかく、同時にテンションをはらんだそれらの連なり、集まり、空隙、余白は、至る所で、転調、空間のうつろい、表情の変化と気配を生み出している。

 1つ1つに強い個性があるわけでもない取るに足らない石が、偶有性ともいうべき表情と配置の妙によって、固有の価値を帯び、それが隣り合う石、その向こうの周囲の石、間合い、あるいは作品全体、さらには空間へと連鎖するように、美しく豊かな場を展開させていく。

 そうした豊かな場全体を見渡すこともできるし、ある部分の石の組み合わせ、連なりの構成に大きな自然のアナロジーを感じることもできる。

 1つ1つの石と石の関係、その空隙、いくつかの集まり、大きな余白、あるいは個々の石に至るまで、どこを切り取っても、眼差しを受け止める風景が、そこに立ち上がる。

林武史

 所々に、やや高さのある黒みの強い石があって、器のように深く穿たれた凹みに水が湛えられている。

 表面張力で石の上面から少し盛り上がったような水。これが見る距離感、角度によって、磨かれた石の上面と一体となって、官能的なまでに美しい鏡面のように見える。

 周囲の石の穏やかにざらついた傾斜、荒々しく盛り上がった隆起。それらを見下ろす高みにある澄んだ艶やかな面が視線を誘い込む。

林武史

 林さんの作品では、個々の石は、精巧に加工されていたとしても、単体で象徴性、意味性を帯びるような強い主張を形にしたものではない。

 形に導かれ、石の色や表情を使わせてもらいながら、配置という役割を与えているところがあって、いわば、石をねじ伏せるのではなく、石とともに在る作品と言ったほうがいい趣である。

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 もう1つの大作「水田—美濃加茂」は、縦横が5メートル、8メートル半ほどの長大な作品である。

 奥に向かって、左端に木曽川河原の石畳から運んだ石、右端に白川町の石が連ねられ、その間に土が敷き詰められた。

 土は矩形に区切られ、田んぼを想起させる風景を生んでいる。

 美濃加茂の風土や、同市のある木曽川の河岸段丘の平地に作られた水田の風景を思い起こさせもするだろう。

林武史

 この作品でも、広がる風景の全体と、そこかしこの部分が豊かな関係を結びながら、眼差しを往還させる。

 記憶と感覚に作用するような日本の原風景としての水田のイメージ、大地の豊穣な気配、土の匂いとともに、簡素な石と土の構成によって、新たな自律した空間と景観、表情と緩急、 静動を帯びた様相を見せてくれる。

 このほか、多彩な石や桜の木による蝉の彫刻、赤花崗岩や黒花崗岩の石が壁にリズミカルに並ぶ「赤い山」「黒い山」の連作、ボールペンによるドローイングや、リトグラフなど、多様な作品が飾られた。

 多くは、山の形、蝉などが主要モチーフになっている。

 それぞれの作品は、繊細である。

 ボールペンによるドローイングの山の形の中には、蝉が描かれている。

 石を彫り磨いたしずくのような蝉は、謎めいた色彩を帯び、深遠な時間を象徴しているようだ。

 山容を表現した石の小彫刻は、穿った底面を漆で着色するなど、意味深である。

 いずれも、人間の記憶、時間、イマジネーションが、果てない自然と大地、太古の歴史と奇跡的に出合ったような相貌を見せ、とても美しく、深いメタファーを秘めた作品である。

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 屋外の作品も注目である。

 1991年の「舞の所作」は、今回の展覧会を前に、2019年度に所蔵者から美濃加茂市民ミュージアムに寄贈された作品である。

 黒花崗岩による柱状の形態と、そこから地面を這うように細長く伸びた石が緊張感に満ちた空間性を見せてくれる。

 雨の日には、艶かしく濡れ、魅惑的な相貌へと変化するといい、天候を反映した屋外ならではの楽しみ方もできそうである。

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 また、その隣には、クッションのような厚い安山岩が縦横に配置された「水鏡」(2020年)が展示された。

 ざらついた粗野な質感の側面とは打って変わり、上面は、石とは思えないほどきれいに磨かれ、微妙な起伏と緩急、突起と凹みがある。

 「水鏡」というタイトル通り、さざなみのような水面の律動、水の膨らみを感じさせる作品である。今回の展覧会期間中、展示されている

 

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 屋外には、ワークショップ「月に吠える」で一般参加者と一緒に日干し煉瓦を積み上げた泥の山も置かれた。

 無料でありながら、展示室と、自然や歴史を感じさせる屋外の環境で、林さんの世界を堪能させる、有意義な展示である。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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