ギャラリーラウラ(愛知県日進市) 2023年6月17日〜7月1日
原菜摘
原菜摘さんは名古屋市生まれ。父親の彫刻家、原裕治さん(1948〜2007年)から彫刻、絵画の手解きを受け、2009年、愛知県立芸術大の彫刻科を卒業している。
表現方法が絵画から写真に変わり、2020、2021年のギャラリーラウラでの個展では、花の写真を展示していた。
作品の変化を見ると、「絵画から写真へ」は、闇からモノクローム、そして色彩へ、という流れと軌を一にし、それはまた、精神から肉体へ、禁欲から欲望、希望へ、死から生へという変化とも重なっている。
もちろん、全てが肉体と欲望にとってかわったわけでなく、精神と身体としての感覚が調和し、闇や死、禁欲、規範にばかり囚われなくなったということである。
というのも、原さんには、闇の世界を追究し、自分の健康を害した時期がある。その後、2020年の個展では、モノクロームの花の写真が展示されたが、2021年には、それが色の世界へと変わり、過去の作品世界を一新させたのである。花の真紅の色彩は、その形態とともに力強く、生命力をみなぎらせていた。
命の艶かしさ、完璧なまでの形、色という自然の創造の素晴らしさ、見事なまでの摂理を、単なるイメージを超えた強さ、輝きとして絵画的、彫刻的な写真へと写し取ったのである。
花という自然を撮影することは、原さんにとって、自然の神秘に触れ、生命と太陽の恵みを体で感じることであり、それはまた回復への道のりと重なっていた。原さんは、花の助けによって、生命を取り戻してきたのである。
そして、驚くことに今回、写真のモチーフは、そうした花から離れ、テーブル上の料理や食材、グラスなどへとさらなる展開を遂げた。
CANTATA 空想とよろこびの食卓 2023年
一貫しているのは、対象を自宅で自然光によって撮影することである。
今回は、さまざまな撮影対象を卓上に構成することで、静物画的な空間をつくっていき、自然光で撮影するという流れである。
料理は、全て自ら調理するとのことである。こうして、多少の遊び心もしのばせながら、撮るべき空間が生まれる。卓上で自分の世界をつくっているわけだが、そのこと自体がクリエイションの1つの過程である。
作品には、彫刻的、絵画的な要素を意識的に残したクラシカルな作品と、さらにそこから離れ、より自由に、物語的な、詩的な雰囲気へと移った作品の、概ね2つの傾向がある。
前者は、ある種の完璧性があって、存在論的で、ドラマチックな空間に光と影が印象付けられ、後者は、軽やか、フラットで、空想的雰囲気の中に物語が生まれる気配がある。料理や食材も生き生きとして魅惑的である。
言い換えると、前者は、ある種の型として確立された印象で、見事に決まっている。後者は、そこから外れ、おしゃれでスタイリッシュである。
つまり、前者は主題、構造が明確な絵画的なもの、後者はもっと自由に遊んでいて、クールである。絵画的なものからイメージへ、韻文から散文へ、劇的なものから日常と軽やかな空想への変化である。
彫刻から絵画、絵画から写真への流れは、一直線でつながっているものの、後者のイメージは、かなり違う次元に入っている。
柔らかな光が全体を包みこむ感じがあって、その分、陰影による物の立体感が強調されず、光と影の戯れの中で、それぞれがありのままに、どこか悪戯っぽく振る舞っていて、そうしたヴィヴィッドな光景を目の当たりにしているような感覚である。
そして、食事という要素を取り入れることで、作品がより人間的なものへと向かっている。花が精神を潤すものだとすれば、食べ物、飲み物は体を満たし、その人の存在を豊かにつくっていく。
技巧に走らず、また、花、静物の選択、配置、料理そのものに作家自身が関わりながらも、より自由度が増し、空想の力と太陽の恩寵で、その美しさを導いている。
太陽の光と自然の恵み、人間の営みと、作家自身の空想、創造性が、撮影というプロセスにおいて結び合うことによって生まれた作品世界である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)