ギャラリーヴォイス(岐阜県多治見市) 2020年6月27日〜 8月9日
ガラスの変貌Ⅳ ギャラリーヴォイス(岐阜県多治見市) シンポも開催
ガラスの造形表現を考えるシリーズ企画の4回目である。沖文さん、勝川夏樹さん、神代良明さん、小林千紗さん 、小山敦子さん、佐々木雅浩さん、津守秀憲さん、横山翔平さんの8人が出品した。このシリーズは、2009年が初回。2011、2013年と1年おきに開かれた後、7年ぶりとなる4回目である。久々の企画では、シンポジウムも開催。作品と技法、工芸論を巡って熱い議論が展開されそうである。
シンポジウム「変貌するガラス、変容する素材」 (要予約) は、2020年8月8日午後1時半から。金島隆弘さん(アートプロデューサー/芸術学研究員)をコーディネーターに、 出品作家の佐々木雅浩さん(愛知教育大教授)と、陶芸作家の中島晴美さん(多治見市陶磁器意匠研究所所長) が参加する。
筆者は、かねてより、工芸における素材と表現の関係について興味を持ち、 2008年ごろ、「工芸的造形への応答」という原稿を書くなどしてきた。その中で、多治見市陶磁器意匠研究所所長の中島晴美さんの作品と思想は、示唆に富むものであったが、それをガラス作品について敷衍するとなると、いまひとつ理解が深まらなかった。
それは、筆者が見るガラス作品のバリエーションが乏しかったということに尽きるのだが、実際のところ、筆者が新聞社で美術を担当していた1990年代から2000年代の初め頃は、今ほど、多様なガラスのオブジェ作品を見る機会はなかったように思う。
今回は、吹きガラスやキャスティングなどの技法、重力や遠心力などガラス素材の特性、ガラス以外の素材などが、それぞれの造形思考の中で結合し、新しい形を生み出すという工芸ならではの多様な作品に出合えた。
その意味で、会場で見た8人の作品は実に興味深かった。ガラスを透明性や脆弱性、はかなさなどイメージに寄りかかって作品の素材に使う段階を超え、ガラス素材の特性とそこから発想された造形技法、そこに関わる製作者の身体性や内発性などから、新たな造形表現を追究していたからである。
8月8日に予定されているシンポジウムも、愛知教育大で教鞭をとるガラス作家の佐々木雅浩さんと、陶芸作家の中島晴美さんが、ガラスと陶芸を絡ませながら、どんな工芸論を語り合うか楽しみである。
陶芸とガラスは、自ずと素材が違うし、制作方法やその理路も異なる。その異同、すなわち類似している点と異なる点、そして、それぞれの作家の制作過程と造形表現の関係がどうあぶり出されるか——。
沖文
沖文さんは、1982年、大阪府生まれ。愛知教育大大学院を修了し、ポーラ美術振興財団在外研究助成、文化庁新進芸術家海外研修制度で、渡米。米国など各地で作品を発表している。
線状のガラスをレースのように重ねて置き、吹き竿の溶けたガラスで巻き取るようして、吹きガラスの要領で泡のような形態に膨らませる。
技法自体は珍しいものではないというが、ガラスの表面を交差する曲線模様が繊細でとても美しい。泡が中心から増殖するように造形されることで、光の透過、反射が複雑化する。ガラスの曲面と曲線模様、色彩とあいまって、変化に富む作品となった。
沖さんのコメント「アプローチは制作中のガラスとの会話から生まれる」「感覚的でユニークな瞬間を経て成る泡が内側から外側へ膨らむという醍醐味」には、吹きガラスへの作家の感覚が現れている。
レースのような線状模様がガラスが膨らむ過程で見せる変化、形態と模様との関係、さらに増殖するような動感が、作家をこの作品に向かわせているのだろう。
勝川夏樹
勝川夏樹さんは、1991年、大阪府生まれ。東京芸大の大学院を経て、各地で作品を発表する。
バイオモルフィックな形態が特徴で、海底にいそうな奇妙な姿の生き物、あるいは古代生物を連想したが、コメントでも「生物の多様で不思議な生態に興味を持っていた」と書く。近作は、顕微鏡の中の世界を表現することが多いといい、謎めいた態様は神秘性をまとっている。
作品はとても繊細に入り組んでいる。形の変化や質感などをたどっていくと、不可思議な感覚を覚えた。陶芸寄りの手段を柔軟に採用しながら研究。ガラス造形の分野では新しい制作技法を取り入れている。
神代良明
神代良明さんは、1968年、千葉県生まれ。大学院で建築を学んだ後、ガラス工芸に転じた。耐火石膏によるキャスティングの作品である。
立方体を基本とした白い塊は、歪み、潰れ、崩れ、ひび割れなどによって、内なる空間も露わにしている。そこには、素材の本源的な姿、生成しつつ滅びゆく変容の時間が開示されている。
加熱すると二酸化炭素を発生する重曹の発泡性を利用。ガラス素材と重曹を充填した耐火石膏のまま窯に入れ、取り出して、ひっくり返して、再度、窯に入れるのだという。
素材に対する熱、炭酸ガス、重力という、作家自らが完全にコントロールできない現象をどこまで取り込むか。そこに制作プロセスのせめぎ合いがある。
神代さんは、素材が形を獲得する過程に関心があるといい、とりわけ、生命が終焉に向かう段階で見せる変化に、物質の本質的な構造を読み取っている。素材と熱、二酸化炭素の発生によって力強く生成した形態が今度は、冷却、重力、縮小によって萎んでいく。その時間が生みだす素材の変容、構造そのものを見せている。
小林千紗
小林千紗さんは1988年、東京都生まれ。東京国際ガラス学院、富山ガラス造形研究所を卒業した。小林さんの作品は、吹きガラスがベース。吹きガラスを極限まで押し進め、生成した形態は、どこかユーモラスでもある。
吹きガラスを突き詰め、ガラスが極限まで薄くなる臨界点、形が維持できなくなるところまでたどり着いた形態のパーツが組み合わさったような形である。パイプのように細長く湾曲して伸びた部分は、重力で垂れ落ちた部分である。
崩れてしまう手前のぎりぎりの形、輪郭が消滅する直前でとどまっている形を目指す作家には、物の存在、不在への意識があるのだろう。
透明無彩のガラスに対して、樹脂によって貼り付けた和紙が効果的である。
冷涼としたガラスが途端に有機的な雰囲気を帯び、フリルみたいに付着した和紙が愛嬌を生んでいる。吹きガラスという基本的な技法を駆使しつつ、微妙なバランスを持った形態と、和紙素材によって存在感を与えた。
小山敦子
小山敦子さんは、1991年、愛知県西尾市生まれ。愛知教育大出身。吹きガラスによる袋状構造が二重になっていて、シンプルながら魅力的な作品である。内側の膨らみからは、細長い突起が有機的に伸び、外側の袋の内側に付着。生体のような構造ができあがっている。
ギャラリーによると、内側の吹きガラスには、加熱によって膨らむ重曹が加えられている。トゲのような突起物は別に加工したものを丁寧に加えているようである。制作技法について、もう少し詳しく知りたい作品である。
外側の袋の形態、突起物の数や位置、伸びる方向などによって、作品の雰囲気がガラリと変わる。意外にバリエーションがありそうな作品である。
熔けたガラスにミクロの世界の神秘的な生命感を感じる、という作家の言葉は、作品からとてもよく分かる。作家が、そうした認識を自分の内なる生命の感覚と重ね合わせているところも興味深い。
佐々木雅浩
佐々木雅浩さんは、1969年、名古屋市生まれ。愛知教育大教授。「ガラスの変貌」展には、1回目の2009年、2回目の2011年にも出品した。
佐々木さんは、吹きガラスによる形態を基に突起が連鎖するような造形力豊かな作品を制作している。吹きガラスでは、吹くだけでなく、吸うことも取り入れ、膨らませたり凹ませたりしながら成形するという。
熱いうちに巻き取ったガラスをベースとなる形態に付着させながら吹き竿をひっぱり、生き生きとしたダイナミズムを与えていく。
熱せられたガラスの生動感をインタラクティブに受け取りながら、熱だけでなく、重力と遠心力、製作者の呼吸や身体性によって、素材そのものの有機的な生成力を引き出しなている。
津守秀憲
津守秀憲さんは、1986年、東京生まれ。多摩美術大、富山ガラス造形研究所、金沢卯辰山工芸工房などを経て、個展、グループ展を展開する。
キャスティングによる作品である。陶芸用の陶土とガラスを混ぜて焼成。土の質感とガラスの引っ張られたような繊維質が混在するなど、素材感が面白い作品である。取り出した後に再度、窯入れしている。陶土とガラスの混じり具合の変化が、熱によって豊かな表情を生み出している。
それは、あたかも地下深くの自然のサイクルの中で変化した鉱物そのもののようでもある。長い時間を経て地質が変化するさまをアナロジーとして再現しているようにも見えた。
重量感、ダイナミズム、空洞、裂け目、ひだ、割れ、陥没、膨張・・・。ガラス作品、陶作品を超えたさまざまな表情が1つの作品に共存する作品である。
横山翔平
横山翔平さんは、1985年、岡山県生まれ。大阪芸大、金沢卯辰山工芸工房などを経て、現在は、多摩美術大工芸学科の助手を務める。
床置きの大きな作品は、大きな吹きガラス作品を複数の人の力でくっつけたというシンプルな作品である。単純な制作方法だが、それゆえに素材の性質と技法のラジカルな結びつきが感じられる。生気に満ちた大きな内空間が魅力的である。
これと全く異質な作品として、色付きガラスをねり飴の要領で立ち上がらせた作品もある。
結晶構造を持たないアモルファスなガラス素材を加熱したときの、固体とも液体とも区分しがたい粘性や流動性。熱や、そこに吹き込まれる呼気、身体性、あるいは重力によって導かれるガラス作品が、その形態に内包するものは生命力や、宇宙の不可視の力をはじめ、とても示唆的である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)