名古屋市民ギャラリー矢田 2024年1月12〜21日
三科琢美「線を掴む」
三科琢美さんは1981年、愛知県生まれ。2006年、金沢美術工芸大学美術工芸学部油画専攻卒業。2008年、同大学院美術工芸研究科絵画専攻油画コース修士前期課程修了。2011年、同大学院美術工芸研究科博士後期課程満期退学。
個展は、2018年の「生成のリズム」(のこぎり二/愛知県一宮市)、「不定形への憧れ」(K.Art Studio/名古屋市)など。現在の制作拠点は鹿児島県霧島市。
鉛筆やペンで自動筆記のような線を稠密に引いていく作品だが、フラットな地に対して図を浮かび上がらせるわけではない。むしろ、おびただしい線そのものが、悪路のような地の展開や連鎖的な起伏と一体となって、脈打つような作品である。
フラットな支持体としての紙ではなく、破る、糊でつなげる、固めることによって、凹凸の激しくなった紙の変転と絡み合うように引かれた線が生動感を持っているのが特徴である。
予定調和的な線ではなく、見通しの効かない状況で線を引く。不定形な支持体はそれ自体が立体造形のようになりながら、線をうけとめ、それでいて線自体を制御不能にしていく。
チープな紙素材、日常的に使うペンを使うこともあって、上品な美質というよりは、原初的なエネルギーを発している。うごめく線と、うねるような支持体が一緒になって、不気味さと並外れたダイナミズムを感じさせる。
佐野魁「わたしの部屋、あなたの部屋」
佐野魁さんは1994年、静岡県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程修了。
2017年、愛知県立芸術大学卒業制作展で桑原賞を受賞。2020年、TOKYO MIDTOWN AWARD 2020優秀賞。名古屋市の愛知芸術文化センターで開催されたARTS CHALLENGE 2022(アーツ・チャレンジ)に参加している。
コンクリートを支持体に、自分の生活空間を木炭で描いた作品である。もともとは、コロナ禍でステイホームの時間が増えたことで、私的空間である自宅を見つめ直すことになったのが制作の背景である。
コンクリートも、木炭も逆説的な素材である。コンクリート素材は堅牢に見えて、中に鉄筋がないと、実は脆い。また、木炭も、黒色の強さ、重さのイメージがあっても、支持体から、はげ落ちそうな、はかない素材である。つまり、佐野さんの作品は、人間にとって安全圏であるはずの家という場所の脆弱さを表している。
実際、一見、力強く見える画面とは裏腹に、近くで作品を見ると、コンクリートにはひびが入り、いかにもイメージがはがれ落ちやすい雰囲気になっている。
安息できるはずの空間が絶対のものではないこと、今ある幸せが実は奇跡のような瞬間であることを想起させる展示である。それはまた、力への欲求をもつ人間という存在が、無常の只中にあり、弱い存在であることをも暗示する。
上山明子「PINK shine」
上山明子さんは2001年、愛知県立芸術大学大学院修了(彫刻専攻)。2012年、東京藝術大学大学院研究生修了。天平時代の仏像技法である乾漆技法を探求している。愛知県春日井市が制作拠点。2017年度の名古屋市芸術奨励賞を受賞している。
展示は、参加型のインスタレーション。鑑賞者は、蓮池に見たてた空間で、散りばめられた脱活乾漆造の黒い花びらを選び、会場内の作業台でピンク色の箔を押し、空間に戻す。
会場には、蓮の葉をかたどった乾漆彫刻も配している。全体に床に作品を展開させた水平的な展示だが、空間の奥には、床と天井をつなぐ6本の柱を立てている。
昼間は自然光が差し、夕闇の時間帯はブラックライトが空間をかすかに照らす。昼と夜の円環的な時間によって、空間が変化するとともに、天地を結ぶ垂直線が空間に崇高性と象徴性を与えるような構成である。
来場者の参加によって、ピンクの箔を押した花びらが増え、空間が命を吹き込まれるように変化していく。蓮の花は、清らかさや聖性の象徴であり、仏教とも関係が深い。
空間の広がりと光の恩寵を感じ、そこに自分の感性を関わらせることで、宇宙の「いのち」に生かされながら、懸命に生きようとする自身の生命の働き、その奇跡と尊厳への意識を呼び覚ますような展示となっている。
過去のファン・デ・ナゴヤ美術展レビュー
・ファン・デ・ナゴヤ美術展2020 後藤あこ・山中奈津紀展、垂谷知明展、「ここに在るということ」展