ギャラリーA・C・S(名古屋) 2021年12月4〜18日
遠藤浩治
遠藤浩治さんは1960年、名古屋市生まれ。1984年、名古屋芸術大学卒業。ギャラリーA・C・Sでの個展を中心に作品を発表している。
30年以上、多色刷りの木版画に取り組む作家である。和紙に色の層を丁寧に重ね、イメージを定着させている。
自作について、それほど語る人ではない。柔らかい中間色のような落ち着いた空間に、女性とおぼしき人物と植物、水、あるいは、抽象的な形が描かれ、全体に空想的である。
筆者は遠藤さんの作品に触れた当初、こうしたイメージに引きずられ、装飾的で童話の世界のような、そして、女性的なものを感じ取った。
しかし、遠藤さんは、そうしたものを強調したいわけでなく、むしろ、人物像は、人間そのものの象徴である。
人物はすべて目を閉じ、特定の誰かであることを回避している。男性、女性という区別も、どちらでもいいのである。
むしろ、瞑想する人間存在といったほうがいいものである。
作品の多くに「想い」というタイトルが付いている。薄く溶かれた透明水彩の繊細な色が、静穏なイメージとともに、遠藤さんの想いをにじませている。
遠藤さんにとって、制作とは時間の積層である。透明水彩の色彩とイメージのレイヤーが、版によって和紙に間欠的に染み込んでいく時間である。
そのとき、そのとき、過去を打ち消すことなく和紙に浸透した時間の積み重ねは、作家の想いとともにある。
2021年 ギャラリーA・C・S
もっとも、表現の細部を見ていくと、その想いは、必ずしも一様、単純なものとはいえない。
人物の体は、板ぼかしによるグラデーションで荒々しい絵肌を出していて、人間を美しく純粋なものとだけ捉えているわけではないことが分かる。
地の一部も、刷る前に布切れで絵具を拭き取り、薄汚れたような粗い質感を出している。
遠藤さんの作品の中に描かれているザクロは、腐った果実からタネがこぼれ落ちている。死と復活のメタファーを見ることもできるかもしれない。
作品には、花びらをはじめ、植物を想起させるイメージが多く現れているが、それ以上に筆者が目を留めたのは、水である。
水たまりの波紋から、人物が浮かび上がるようなイメージが多く描かれている。水は、生命力、再生、創造、始まりの象徴と言ってもいいのではないか。
つまり、遠藤さんの作品世界では、混沌とした世界の中で、再生するイメージが印象付けられるのである。
筆者が最も惹かれた小品「想い 流れる夢」を見ると、しずくが描かれ、その1つに人間の影が存在している。
今回の出品作の中で数少ない抽象性の強い作品だが、この水滴と人間こそ、遠藤さんの想いである「再生」のイメージではないかと思った。
筆者は、この小さなイメージに、遠藤さんの作品群の背後にある核心のようなものを感じた。
遠藤さんは、人間の喜びと悲しみ、出会いと別れ、怖れ、孤独、切なさなど、寄せては返す波のように起こる人生の時間をかみしめている。
そうした心のうつろい、震えの中で、日々、生まれ変わるように自分と向き合っているのではないか。
それは、ありのままに生きられないすべての人間にとって大切なものである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)