ドミニク・ルトランジェ Dominique Lutringer
AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2022年3月19日〜4月9日
ドミニク・ルトランジェさんはフランス生まれ。エクサンプロヴァンス高等芸術学院で学び、1992年に日本に移り住んだ。兵庫県宝塚市を拠点に制作している。
大阪のTezukayama Galleryなどで個展を開き、絵画を発表。名古屋での作品展示は今回が初めてとなる。
さまざまな作品を展開しているようだが、今回は、色鉛筆、オイルペイントスティック、天然顔料のナチュラルピグメントなどの画材によって、レイヤーを重ねた抽象作品である。
基本的には、繊細でシステマティックな線が縦横に引かれた格子と不定形な形象の重なりによる抑制された表現である。
不定形は、フラットなもののほかにジェッソを使って盛り上げたものもある。
それらに規則的なパターンである格子を重ね、揺らぎのような感覚を生みだしているのが特徴である。
形象をかぼそいグリッドのレイヤーが覆うような装飾性と、蘭茶、藍、青丹など伝統色に近いテイストによって和の感覚があるのも見逃せない
つまり、画面に散らばる形象の上で繰り返される線の交差によるグリッド構造と日本の伝統の融合が見て取れる。
2022年 AIN SOPH DISPATCH
1970年代的なミニマリズムのグリッドと不定型な形象がオーバーラップした作品であるが、ドミニク・ルトランジェさんの作品では、それが絵画の矩形の枠組みと影響しあって、和の建築の間仕切りのような構造を想起させる。
グリッドを構成する線は、フリーハンドによる部分と、マスキングによる精緻な反復とがあって、洗練された構造の中にあっても温かみを感じさせる。
ドローイングの縦線、横線による細かい格子が、あたかも縦糸、横糸を編んだスクリーン、編み目織りの生地のように見え、そこから向こう側の風景が透けるような趣である。
画面を覆う禁欲的なグリッドが、半透明のレイヤーとなって、その向こうで揺らぐ木漏れ日、空、樹影を感知させるといえばいいだろうか。
それは、和の建築における襖や障子、簾、中間領域の縁側などによって、一屋一室の空間性や、家の中から外界の気配を知覚する感覚に近い。
平面的、様式的な間仕切りが、その向こうの刻々とうつろう陽光や陰影、時間の経過など、画面の奥に豊かな空間の厚みを感じさせてくれる。
画面が、透過する光や影、風、季節のうつろいを感じさせる柔らかな境界になっていると言ってもいい。
その意味では、平面性、装飾性が強調された絵画空間が、和風建築の空間性、あるいは、緩やかな境界としての半透明の建具のイメージのアナロジーにもなっている。
自然、宇宙の摂理、その大きな流れと和風建築の間仕切りのような構造が重なることで、どこまでも透きとおるような遠近法的世界でも、強固な平面性でもなく、揺らぐような中間領域の間合いが、視線を柔らかに受け止めてくれる感覚。
何気ない身の回りの空間のうつろいの美しさ—。
その日常と非日常を意識が往来するような時間が、閑寂の絵画空間によって体験される。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)