ギャルリももぐさ(岐阜県多治見市) 2023年2月4日〜3月5日
小島久弥
小島久弥さんは1957年、名古屋市生まれ。旭丘高校美術科卒業。大阪芸術大学美術学科卒業。1995年には、第4回名古屋国際ビエンナーレ・アーテック ’ 95に参加している。
個展、グループ展など多数。筆者は1990年代後半以降、個展を中心に作品を見てきた。ももぐさでは、2005年以来の個展である。
江藤莅夏さんとのユニット「W.N.project」で、「アート・アワード・イン・ザ・キューブ(ART AWARD IN THE CUBE)2020 清流の国ぎふ芸術祭」にも参加した。
このときも、また、前年の「あいちトリエンナーレ地域展開事業『Windshield Timeーわたしのフロントガラスから』現代美術 in 豊田」(2019年)でも、ピンホールカメラによる作品を展示したが、今回も同系統の作品が出品されている。
仮設のキューブや、既存の建物内を1つの暗室とし、壁、天井に開けた針穴を通過した光によって、暗室内に、屋外の風景の倒立した像を投影させる作品である。初期のカメラ・オブスキュラと同じ原理である。
今回は、ももぐさの空間を生かし、新作を中心に、これまで制作してきたさまざまなタイプの作品を配置した、大変内容のある個展である。
小島さんは一貫して、《Critical Point(臨界点)》のテーマで作品を展開してきた。
物質の変化や、スケール、イメージの飛躍、物の配置の操作、視点の移動などによって、虚と実、存在と不在、生と死、遠と近があたかも同時に存在するような臨界点を提示し、精神や感性を揺さぶる作品である。
Critical Point — Day by Day 百草 2023年
メイン作品といっていい映像インスタレーション「ピース」(2023年)は、プロジェクターとカメラが生み出す「ビデオフィードバック現象」を用いた作品である。
テーブルの上に載った灯台と街並みのような模型をビデオカメラで撮影し、その映像をリアルタイムで、カメラと近接した場所に設置したプロジェクターから同じ方向に投影。カメラがその映像の方に向いていることで、カメラが撮影した映像を再びカメラで撮影するというフィードバックが発生する。
撮影と投影のループが繰り返され、遅延した映像が重層化する。灯台が回転しながら光っているため、映像はより複雑である。
注目すべきは、映像に、原水爆の投下にも似た、街を殲滅するような光の炸裂が見られることである。「ピース」というタイトルがうなずける作品である。
この映像作品と同じ部屋に、スノードームの作品「No more Dome」(2023年)がある。スノードームは、ドーム型の透明容器に建物などのミニチュアを入れ、水で満たして雪が舞っているようにした置き物。小島さんは、ライブパフォーマンス的な作品を含め、これまで何度も題材にしてきた。
今回は、3つのスノードームが展示された。それぞれ1945年7月16日に米国ニューメキシコ州で行われた人類最初の核実験「トリニティ実験」、8月6日の広島への原爆投下、8月9日の長崎への原爆投下がモチーフになっている。
スノードームの形状が原爆のキノコ雲に重ねられているのだ。つまり、この展示室は、ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮のミサイル発射などによって、核兵器による危機が人類を脅かしている状況をテーマにしている。
この展示室には、小島さんが50歳から手掛けている 『Thanks mom! 自画自参』の1点もある。
これは、母親が残しておいてくれた小島さんの幼少期の絵を、現在の小島さんが周囲に拡張して描き足すことで、過去の自分と現在の自分が出会うようにして新たなイメージをつくる連作である。
ここでもスノードームがモチーフになっているが、幼い頃に小島さんが描いた家がドームで守られているように見える。
つまり、核兵器に対して、平和を希求するイメージになっている。ドームの形は、原爆のキノコ雲にも、平和を守るシェルターのイメージもなりうるのだ。
カメラ・オブスキュラを発展させた作品「光の露」(2023年)も、今回の見どころである。砂を敷き詰め、枯山水のように波紋を描いた床面に、倒立した樹々などの像が投影されている。
壁に2つの小さな穴が開けられ、外の風景が映されているのである。条件が良ければ、雲の流れまで確認できる。その空間に包まれると、カメラの中にいるような不思議な感覚になる。
だが、それだけではない。同時に、奥の部屋にあった 映像インスタレーション「ピース」 を見た後、改めてこの作品を見ると、砂の波紋が原子爆弾の炸裂による超高圧な力によって発生した衝撃波の痕跡のようにも思えてくる。
つまり、ドームの形が両義的だったのと同様、枯山水に見えた波紋もまた、強烈な爆風が吹き抜けた惨禍にも見えてくるのである。
温めた空気によって、平和の象徴である鳩の羽が上下する作品「Air Current」(太田絵美さんとのコラボレーション、1999年)、多数の弾丸を円形に立て、ドライアイスで白く着霜させることで、ケーキのように見せる「Unbirthday」(2023年)、カミソリのタワーなどによって、日々のなにげない生活の時間を形にした「Day by Day」のシリーズなど、ほかにも気になる作品があった。
「Unbirthday」では、時間とともに霜が溶け、白いケーキの中から弾丸が露わになる。ケーキが置かれたテーブルの下にも軍用車のミニチュアを置き、その映像を小さなモニターで流している。
弾丸、軍用車という戦争のイメージと、幸福な誕生ケーキのイメージが臨界点で結び付いた作品だといえるだろう。戦争と平和は紙一重なのである。
それは、鳩の羽(平和)がちょっとした気流の変化で、容易に上がったり下がったりする「Air Current」とも共通している。平和は繊細である、と言いたげである。
カメラ・ オブスキュラの仕組みで、外の微かな投影像を取り込んだ繊細な作品など、全体に暗闇で見る作品が多い。 いずれも日常や社会、世界情勢にまなざしを向けつつ、独自の方法、感性で作品化している。見応えのある個展である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)