N-MARK B1,+Gallery mini(名古屋) 2024年9月12〜21日(木金土開催)
+Gallery PROJECT
+Gallery PROJECT(プラスギャラリープロジェクト)の運営メンバーは、高橋伸行さん、冨永奇昂(佳秀)さん、平松伸之さんの3人。
その元になる+Galleryは、2003年から2009年まで続いた愛知県江南市のオルタナティブスペースである。かつて名鉄犬山線の布袋駅近くにあり、古い日本家屋を使った空間だった。前身は、1999年から2002年まで展覧会などに使われた「art house 七福邸」。当時、30代の美術記者だった筆者は、この場所をしばしば訪れた。
その後、2008年から、スペース名はSpace+」(スペースプラス)に改められ、主宰団体が「+Gallery PROJECT」になった。2010年に再開発で建物が取り壊された後の2013年に、名古屋の長者町トランジットビル1階通路に、ささやかな棚ギャラリー「+Gallery mini」ができたのである。
当時の名古屋の現代美術の状況については、別の記事「『名古屋大学のアート 1998-2003』名大教養教育院プロジェクトギャラリー『clas』で2023年6月26日-7月1日に開催」も参照してほしい。
長者町トランジットビルも間もなく解体されるという。そのため、同じビルの地階にスペースを持つN-markからの声掛けで実現したのが、今回の展示である。
3人は、それぞれ映画をテーマにした作品を発表している。筆者にとっては、名古屋で3人の作品が久しぶりに見られる、とても良い機会となった。
高橋伸行
高橋伸行さんは1967年 名古屋市生まれ。2015年、「水と土の芸術祭」に参加し、 水俣病に深く関わる地蔵をリヤカーに載せ、阿賀野川を歩いて遡上するプロジェクトを敢行。泥で室内を塗りつぶし、道中に出会った人々や風景の写真を配置したインスタレーション「旅地蔵 阿賀をゆく」を発表した。
「やさしい美術プロジェクト」として、「瀬戸内国際芸術祭」に第1回展以前の2007年ごろから関わり、2016年の「瀬戸内国際芸術祭」では、国立(ハンセン病)療養所大島青松園で写真インスタレーション「ひたすら遠くを眺める」を発表。カメラ倶楽部創設者で入所者の故・鳥栖喬氏の写真フィルムや撮影自助具を展示した。
2019年にも同芸術祭に参加。大島青松園で、カメラ倶楽部最後の一員であり入所者の脇林清氏を撮影した肖像写真群「稀有の触手」を展示した。
2022年も同芸術祭に参加。大島青松園でインスタレーション「声の楔」を発表した。入所者から伝えたい言葉を集め、波打ち際の瓦礫に彫り、温室に配置した。
今回の高橋さんの作品「映画『Woodstock 3 Days of Peace & Music』より」は、1969年、米ニューヨーク州ベセルで開かれ、米国音楽史に残ることになった大規模な野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」のドキュメンタリー映画が元ネタになっている。
映画は、マーティン・スコセッシが編集を担当し、1970年に公開。アカデミー賞のアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞に輝いている。
作品は、地球のイメージを重ねた月球儀、猪の頭骨、方位磁針の3つに、大島青松園で採取された土を絡め、ギターと共に展示したインスタレーションである。
ウッドストック・フェスティバルは、カウンターカルチャーを集大成するとともに、1960年代の人間性回復のための集会「ヒューマン・ビーイン」でもあったことから、高橋さんが長年関わってきたハンセン病の主題とリンクするように召喚されたのだろう。
冨永奇昂
冨永奇昂さんは1964年、愛知県江南市生まれ。CAS 大阪、エビスアートラボなどで個展を重ね、グループ展としては、2013年の「日韓交流展 Historical Parade」( 名古屋、ソウル、大阪)、2007年の「City_net Asia 2007」( ソウル市美術館)などに参加した。
冨永奇昂さんは自身が書家でもあり、作品のベースに書があるとともに、版の思考も駆使されている。とはいっても、単純に文字の解体や線の形を探求したアンフォルメルの抽象表現というわけではなく、見事な逸脱ぶりとユーモアを併せ持っている。
今回は、主に2つの系統の作品があった。いずれも特定の映画作品と関係づけられるものではないが、黒(闇)の魅力を感じさせる作品は、動画配信サービスによって、映画をさまざまなデバイスで視聴する時代にあって、非日常的な没入感をもたらす映画館の暗室をも想起させた。
1つは、黒インクを塗ったベタ版に、楮紙をのりで重ねた支持体を揉むように押し当て、そこから浮かび上がる形象を「文字」として捉え直すという試みである。
いわば、黒一色のモノタイプ作品であるが、刷った後に、楮紙を幾重にも重ねた支持体を立体化するように膨らませることで、ユニークな形状と紙の継ぎ目、裂け目の白い線が偶然に生まれている。興味深い作品である。
もう1つの作品は、硯をモチーフにした黒一色の作品である。硯は記号化、図案化されているが、抽象化されたシンプルな形象は、黒の深さとあいまって、海と陸、みぎわなど、新たなイメージを連想させるものになっている。
平松伸之
平松伸之さんは1965年、愛知県生まれ。2000年、国立国際美術館で開催された「空間体験:[国立国際美術館]への6人のオマージュ」に出品。展示室内に乗用車を並べた壮観なインスタレーションが記憶に残っている。同美術館が、大阪・中之島西部地区への移転前、万博記念公園内にあった頃で、懐かしい限りである。
その後も、2007年の「City_net Asia 2007」(ソウル市立美術館)、2015年の国際芸術祭地域展開事業「豊穣なるもの―現代美術in豊川」など数多くの展覧会に参加している。
今回は、SF映画「スター・ウォーズ」シリーズをモチーフに平面作品と映像を出品している。いずれも、映像を超・低解像度にするというコンセプトである。
平松さんは、動画配信サービスのサブスク時代へのアイロニーを滲ませているように思える。映画館でなく、手元のデバイスで動画を見るのが当たり前になった現在、映画といえば、デジタルで見るものになった。
そうしたデジタル画像を超・低解像度にして、コンピューター上で画像を構成するピクセル(画素)を異常に拡大して表現しているのである。
平面作品では、アンチヒーローのダース・ベイダーと、その息子で、「エピソード4〜6」の主人公であるヒーロー、ルーク・スカイウォーカーが表現されているが、当然ながら、全く区別がつかない。
筆者にとっては、逆に映画館への郷愁をかきたてられるとともに、悪と正義という二元論への懐疑性、正義の曖昧さ、不完全さをも想起させる作品だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)