2021年12月25日の西日本新聞などによると、 現代アートの公的研究機関「現代美術センターCCA北九州」(北九州市若松区)が2021年12月末、一定の役割を果たしたとして活動を終了。24年間の歴史に終止符を打つ。
CCAは、製鉄が盛んな北九州市を直撃した「鉄冷え」後の地域おこしの一環で、1997年に北九州市八幡東区に設立。2015年に若松区に移転した。
北九州市からの運営費の支援のもと、国内初の現代美術の公的研究機関として活動した。
世界で活躍するアーティストが約1カ月間、滞在。CCAと共同で新作の制作・発表をするギャラリー・プロジェクトや、アーティスト・ブックの制作などを展開した。
アーティストや、人文・社会から科学まで各分野の専門家を招聘し、若手アーティストの指導育成、研究活動支援に取り組むフェローシップ・プログラムなどにも力を入れた。
報道によると、活動終了の背景には、北九州市の厳しい財政状況や、イベント事業を拡充したい市と、研究機関としての意義を重視したい現場との微妙なズレがあった。
創立時からディレクターを務める中村信夫さんは、 筆者の世代にとっては、「少年アート」( 1986年)の著者の印象が強い。中村さんは、2001年の第1回横浜トリエンナーレで、河本信治さん、建畠晢さん、南條史生さんとともにアーティスティック・ディレクター を務めた。
北九州市のWEBサイトによると、現代美術センターCCA北九州開設のきっかけは、1987年の 「国際鉄鋼彫刻シンポジウム-YAHATA’87」 である。
地域の特性を生かしながら、世界から注目されるユニークな取り組みをしようと、鉄冷えで落ち込んでいた街の活性化を目的に企画。世界的彫刻家フィリップ・キングさんらを招いて開催し、大成功を収めた。
その後、1989年には、「現代美術サマーセミナーIN北九州」がスタート。世界的アーティストや美術関係者を講師に招き、全国の大学院生クラスの若い学生を対象に1週間のセミナーを開いた。
1989年から1995年まで、7回開催。こうした経緯、実績が、官民協力による1996年の「現代美術センターCCA北九州」運営組織の設置、翌1997年の開設へとつながった。