愛知県立芸術大学サテライトギャラリー SA・KURA(名古屋) 2023年9月30日~10月22日
阿野義久
画家で、愛知県立芸術大学油画専攻教授の阿野義久さんの退任記念展である。1958年、長野県生まれ。愛知県立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。愛知県清須市を拠点に制作している。
2022年には、清須市の同市はるひ美術館で、「清須ゆかりの作家 阿野義久展 生命形態 ―日常・存在・記憶―」が開かれた。
「ながくてアートフェスティバル」(愛知県長久手市)に継続的に参加し、2023年の「ながくてアートフェスティバル2023」にも出品した。
退任記念展 循環―こころに在るもの
人間や植物、虫など生命の形態を見つめ、自分が生きている今と遠い記憶、心象を結びあわせるようにして描いている印象である。
大作が多く並んだはるひ美術館では、1980年代からの流れを通覧できた。
2001-2002年のイタリア、スペイン滞在を機に、風景や樹木の素描を通じて、形態をつぶさに観察することで、既存の認識や概念を超えて、形態を捉え直した。人間や植物、その他の生き物、さらには、人工物までも、区別のない形態の豊かさ、不思議さとして描くようになった。
それは、記憶の底から再帰するものや、自分がこの日常世界に存在することで感じる心象が融合したものであろうが、そこには、さまざまなものが支え合い、関係性の中で存在していることを想う感性がある気がする。
つまり、人間も植物もその他の生き物も、そして人工物さえ、単独では存在できない。関係の中で、つながっている、大きな命のように循環している。
だから、そのイメージは、それぞれの形態を探求しながらも、記憶と自分の中に沈潜した想いによって導かれることで、全体が空想的なものにも見えたり、群像のようになったり、個々の生命を広げた図譜のように並置されていたりもする。
画面に展開するそれぞれの形象は、活動する力をたたえた生命的な形である。
阿野さんは、会場に掲げた文章で、若いときに絵画空間のイリュージョンの可能性への疑問が生じ、並行して、立体を制作したというようなことを書いている。
実際、はるひ美術館では、膠石膏、流木、廃材などで作った、1980年代の立体が数多く展示された。
絵として描かれる、具体的なものから抽出された形のイメージと違い、これらは、そこに在ることそのもの、生命的なものを物質化したもの、とでもいうものであって、具体的には説明しにくいものである。
阿野さんにとって、「絵画を描く」ことと、「立体を作ること」はつながっていて、それは、実体的な虚構性であるイリュージョンと、物質としての現前性の手応えを往還しながら、「絵画をつくる」ことである。
「開いた窓」としての絵画のイリュージョンだけでなく、絵画を現前性として見る意識も強くあって、それが物質性や、存在感への関心に向かっている。
絵画のイリュージョンと物質性の両立を、さまざまな人がさまざまな方法で試みている。物体化すれば、ミニマルアートに行き着くが、阿野さんはそれには与しない。
阿野さんは、記憶という沃野に降り立ち、造形要素を絞り、形のきわを線で作っていくことで、イリュージョンと、線による形による骨格としての現前性、平面性とが両立するような絵画を目指しているのではないか。
造形要素を絞っていくことで、全体的、あるいは部分的にせよ、パースペクティブや立体感が抑えられ、図譜のような絵、現前性の強い絵画ができた。
映像的で奥行きも感じさせながら、線による生命的な形態が迫り出すような絵画である。イリュージョンと形の現前性がともに感じられる絵画である。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(井上昇治)