dot architects + contact Gonzo《GDP(Gonzo dot party)》アートエリアB1 2020年 photo: Ryo Yoshimi(参考図版)
軽やかに抵抗・逃走し、あえて「しないでおく」こと
愛知・豊田市美術館で2024年10月12日~2025年2月16日、「しないでおく、こと。― 芸術と生のアナキズム」が開催される。
芸術=創造とはそもそも、いまだ了解されない認識や知覚の領野を拡張していく営みである。ゆえに芸術とは、「芸術」として名づけられ、一つに回収されてしまうことへの抵抗をあらかじめ含んでいる。それはまた、未知未踏の領野を取り込み制度化することで国土や資本を拡張してきた近代以降の思考自体への抵抗になぞらえることもできる。
この制度化され、統治されることへの抵抗・逃走の姿勢=アナキズムに芸術の本来的な力を認め、その可能性を問うことは、硬直化した社会そのものを突破する契機にもなるだろう。
近年、芸術を含むあらゆる場で、旧来の制度や差別への連帯闘争が試みられている。切実な抵抗の態度であり、私たちを鼓舞する重大な拠り所となるものの、連帯によって小さな個別の差異を見えなくする危うさと隣り合わせにもなっている。
こうしたギリギリの状況において、私たちの個々の表現や日常的な振る舞いは、いかに一つに回収されることなく共存し、それでも抵抗の力を持ち続けることができるだろう。そのそれぞれの試みこそがアナキズムの実践だといえる。
19世紀末、近代化と背中合わせに気運の高まったアナキズム運動に共感した新印象主義の画家たち。
オル太《耕す家:不確かな生成》2022年 撮影:加藤甫(参考図版)
第一次世界大戦と前後して、社会の中心から逃れ、スイスのモンテ・ヴェリタに集った芸術家を含む様々な思想の持ち主たち。
第二次世界大戦後、急進する資本主義体制をかいくぐり、日常の革命を試みたシチュアシオニスト・インターナショナルとその重要メンバーのアスガー・ヨルン。
ソ連時代から現在まで、野外や自室で非公式芸術としてのアクションを展開し続けるロシアの集団行為。
さらに自宅での制作と自主展覧会の運営を実践したマルガレーテ・ラスペや、協働スタジオを運営するコーポ北加賀屋(adanda+contact Gonzo+dot architects+remo+FabLab Kitakagaya+102 木工所+REUNION STUDIO)の面々、アーティスト集団のオル太や、生活も制作も発表もそれらの場所も、全てを自在に往来し続ける大木裕之。
本展では、芸術と社会にどっぷりと関わりながらも軽やかに抵抗・逃走し、あえて「しないでおく」ことの可能性も含めて生き、創造する人々の実践を約100点で紹介する。
主な出品作家
ポール・シニャック、ジョルジュ・スーラ、カミーユ・ピサロ、ラスロー・モホイ=ナジ、アスガー・ヨルン、イリヤ・カバコフ、集団行為、マルガレーテ・ラスペ、大木裕之、コーポ北加賀屋(adanda+contact Gonzo+dot architects+remo+FabLab Kitakagaya+102 木工所+REUNION STUDIO)、オル太
大木裕之「アブストラクト権化」展示風景 ANOMALY東京 2024年 撮影: 村田冬実 ©Hiroyuki Oki, Courtesy of ANOMALY(参考図版)
開催概要
開館時間:午前10時~午後5時30分(入場は午後5時まで)
休 館 日:月曜日(10月14日、11月4日は開館)、年末年始2024年12月28日[土]~2025年1月17日[金]
主 催:豊田市美術館
協 力:Galerie Molitor
会 場: 展示室8 ほか
観覧料
一 般 | 高校・大学生 | 中学生以下 | |
当日窓口販売 | 1,500 円 | 1,100 円 | 無料 |
オンライン販売 | 1,300 円 | 900 円 | 無料 |
*前売券及び20名以上の団体は当日窓口販売料金から200円割引
*前売券販売所、その他観覧料の減免や割引等については、同館ウェブサイトで確認
お得なセット券も販売(オンライン限定)
2025年1月18日から開催する玉山拓郎展(仮)と会期が重なる時期に使用できるセット券
一般2,500円、高校・大学生1,700円
*販売期間:2024年9月14日[土]~2025年2月16日[日]
*有効期間:2025年1月18日[土]~2月16日[日]
見どころ
1)モンテ・ヴェリタの現在性
アナキストや菜食主義者、芸術家たちが集ったスイスのアスコナにあるモンテ・ヴェリタ。都市生活を逃れ、この地に吸い寄せられた人たちの思想や指向は、都市を離れ、生活の豊かさを見直そうという最近年のムーブメントの先駆けとして、共感を呼ぶものである。日本でまとめて紹介されることのなかった活動について、いま改めて注目する。
2)アスガー・ヨルンの作品をまとめて紹介
デンマークを代表する作家アスガー・ヨルン。日本では、芸術家グループ「コブラ(CoBrA)」のメンバーとしてわずかに知られるだけだが、シチュアシオニスト・インターナショナルの設立メンバーとして重要な役割を果たし、体制に与することなく広範な活動を展開した魅力ある作家だ。本展では、ヨルン美術館の協力のもと、11点の作品をまとめて見ることができる。
3)ロシアの集団行為を日本の美術館展覧会において初めて紹介
1976年の結成以来、現在まで活動をつづけるロシアの集団行為。2011年にヴェネチア・ビエンナーレで取り上げられ、注目を浴びたものの、膨大なテキストを伴うアクションは、ロシア語という言語の壁もあり、日本ではほとんど紹介されなかった。本展では、研究者の生熊源一氏の協力のもと、日本語訳テキストを用意し、集団行為の重要なアクションを紹介する。
4)再注目のマルガレーテ・ラスペ
ドイツ、ベルリンを拠点に制作・発表を続けたラスペ。家事労働と創造の間を行き来し、一方で、自宅を開放して多くの作家に場を提供し、またエコロジーの観点から制作に取り組むなど、注目すべき活動を独立して展開してきた。女性作家が見直される昨今、彼女の多面性は改めて紹介すべき魅力を持っている。
5)コーポ北加賀屋、オル太、大木裕之による新作
コーポ北加賀屋、オル太、大木裕之の3組の作家が本展にあわせて制作展示を行う。屋外など、展示室以外にも場所を見出しながら、美術館という制度を揺さぶるような豊かな創造を実践する。
展示構成
1)新印象主義とアナキズム
アナキズムと美術との関わりを示す重要な出発点として、アナキズム運動が本格化した19世紀末にその思想に深くコミットした新印象主義の作家たち、カミーユ・ピサロ、ポール・シニャック、ジョルジュ・スーラの作品を紹介する。
ポール・シニャック《ポルトリュー、グールヴロ》1888年 ひろしま美術館蔵
絵の具の混色を避け、全ての色彩を等しい単位で配置することで画面の均衡を図った新印象主義の作家たち。彼らの方法論自体に、個々人の自由とその「調和」によるユートピア社会の実現をうたったアナキズム思想との親和性を見出す。
2)モンテ・ヴェリタのユートピア
スイス、アスコナの地に見出された「モンテ・ヴェリタ(真理の山)」は、19世紀末以降、産業化の進展する都市生活を逃れたアナキストや菜食主義者らが集い、コミュニティを形成した場所である。
ラースロー・モホイ=ナジ《アスコナのオスカー・シュレンマー》1926年 東京都写真美術館蔵
第一次世界大戦と前後する頃には、「ノイエ・タンツ」の理論的創始者であるルドルフ・フォン・ラバンが同地で舞踊学校を主宰し、ハンス&ゾフィー・トイバー= アルプ夫妻やフーゴ・バルらダダイストが集い、さらにヴァルター・グロピウスやラースロー・モホイ=ナジらバウハウスの作家たちが訪れるなど、芸術家たちにとっても、ユートピア的な地となった。本章では、同地の歴史的展開を資料と作品により紹介する。
3)シチュアシオニスト・インターナショナルとアスガー・ヨルン
ギー・ドゥボール、アスガー・ヨルンらにより、1957年に結成されたシチュアシオニスト・インターナショナルは、ますます強まる資本主義とブルジョワ主義に反旗を翻し、日常生活の革命、別の生、別の状況の構築を試みた。
アスガー・ヨルン《甘い生活Ⅱ》1962年 ヨルン美術館蔵 ©Donation Jorn
日常のうちで日常の変革を目論んだ彼らは、剽窃と引用、転用と漂流といった手法を用いながら、スペクタクル化した社会を批判し、都市生活を読み替えていく。
本章ではドゥボールとヨルンが協働で手がけたFin de Copenhague,Mémoiresや、蚤の市で入手した古い絵に加筆変更を加えるヨルンの「modifications」 絵画などを通して、シチュアシオニストの実践を紹介する。
4)ロシアの集団行為
ソ連時代の1976年、アンドレイ・モナストィルスキーを中心に結成されたロシアの集団行為は、ソ連崩壊後現在まで、モスクワ郊外や自室を舞台に、非公式芸術としてのアクションを様々に実行してきた。
集団行為《第3案》1978年
身近なアーティストを参加者・観察者として実践されるこれらのアクションでは、知覚・認知不可能とも思われる行為を音声や記述によって様々に記録し、議論し、それがまた次のアクションを構想・準備することにつながっていった。
40年以上にわたる集団行為のアクションは、体制に与することなく、また正面から抵抗することなく、体制の外側で非公開、非公式に続けられた稀有な実践といえる。
本章では、およそ170に及ぶアクションの中から象徴的ないくつかを取り上げ、写真、映像、また訳出したテキストなどを通して会場で体感する。また初期のアクションの重要な参加者の一人であったイリヤ・カバコフの作品もあわせて紹介する。
5)制作と生活と展示
ドイツ、ベルリンを拠点に活動したマルガレーテ・ラスペは、初期にはキッチンを舞台に映像作品を制作し、日常の労働と作品の創造の境界に揺さぶりをかけた。
マルガレーテ・ラスペ《明日も、明日も、そしてまた明日も、彼らをスイングさせよう》1974年 Courtesy of the Galerie Molitor und Deutsche Kinemathek
彼女の自宅はまた、ウィーン・アクショニスムやフルクサスの作家たちが集い、作品について語り合う親密な場所となった。自邸の庭園を会場にした自主企画展の運営など、体制の外側で延々と続けられた彼女の活動は、改めて注目すべきものある。
大阪の北加賀屋にある「コーポ北加賀屋」は、建築家集団ドットアーキテクツ、アーティスト集団Contact GONZO、NPO法人記録と表現とメディアのための組織remoやオルタナティヴスペースを運営するadanda など、さまざまな分野の人や組織が集まる「もうひとつの社会を実践するための協働スタジオ」である。
そこでは、それぞれが独自に、またときに共同しながら制作やイベント、実験を繰り広げており、水平的な関係のなかでルールを更新しながら場所作りの実践が試みられている。
5名の作家から成る芸術家集団オル太は、個々の活動を続けながら、一方で集団としてパフォーマンスや展示を試みてきた。
ユーモアと毒をもって体制と大衆の関係と捻れを問い続けるその作品は、その根底に社会への抵抗の力を秘めている。
映画製作からスタートした大木裕之は、東京、高知、岡山、京都と複数の拠点をもち、移動しながら生活と制作と発表とを渾然一体として続けてきた。
それは、場所や制度という枷をすり抜け、新たな状況を作ろうとする「ネオ・シチュアシオニスト」の稀有な試みにほかならない。
昨年亡くなったラスペのインスタレーション作品の再現や、コーポ北加賀屋、オル太、大木裕之による本展のためのインスタレーション作品を通して、作家たちのリアルな実践の一端を体感する。