ギャラリーA・C・S(名古屋) 2024年1月13〜27日
安芸真奈
安芸真奈さんは1960年、高知県生まれ。1982年、高知大学教育学部卒業。高知を拠点に木版画を制作している。日本版画協会会員。
木版画については、愛知県立芸術大学の学長も務めた磯見輝夫さんに師事。個展以外に、国内外の多数の版画公募展に出品している。
作品は、とてもナチュラルで、奇を衒うことをあえて避けている。人と違うことを際立たせ、目立つことをすることが制作の根幹だと考えていないのだろう。
おおらかで等身大の作品である。幼いときから暮らしてきた高知の山、海、空気や日差しがそのまま影響している作品性を感じた。
2024年 個展
はからいがない。シンプルな形、線の集積による抽象である。小さなことの積み重ねが形をつくっていく。微小な部分に豊かな手技の痕跡があり、それが集まり、全体として作家の息遣いと生き方を感じさせる作品である。
温かいいのちの感覚と言ってもいいものである。それは、彫るという作家の手技のみならず、和紙の質感や墨に意識を向けているからこそ生まれるのだと知る。
自我が迫り出すようにつくることと、一定の距離を保っている作家である。それゆえ、彫ることと同等に、版を刷る和紙、墨という素材、そして制作している高知の環境との共同作業による作品だと思えていくる。
呼吸のように彫り、それが和紙の生命や、墨の奥深さ、高知の自然環境という、作家以外の要素の脈動と重なり合う。
作品は、そんな響き合う調和のメタファーである。それは、整っていて、計画通りに進んで出来た図像という意味ではない。
もともと、つくり過ぎることを意識的に避けている安芸さんは、再現的な図像をつくることを目的にしていない。抽象といっても、それを構成的に、シンボリックにつくるわけでも、技巧を凝らすわけでもない。
安芸さんが語った「プラモデルを作るのが好きではない」という例えは分かりやすい。プラモデルでは、ゴールに向かって、正しく作り込むことが良いことである。精緻な部品を組み合わせ、全体をコントロールする。
彫るという行為は、力を要するし、コントロールによる作業である。木版画はシャープな線とメリハリの表現だと言ってもよく、そうした傾向がより強いと思う。
だから、木版画は、プラモデルのように作り込むことと相性がいいのではないかとも思えるのだが、むしろ、安芸さんは、そちらに行き過ぎるのを避ける。
線を出しつつも、形を作りつつも、自分の手の動きと、それを受け止めてくれる木の寛容さや、あたかも生きているような和紙、墨や水性インクの浸透と対話をしていくように、柔らかな差異をすくい上げていく。
黄色の水性インクの作品では、油性ワニスの層を重ねて和紙の質感を変化させている。3版を重ね、レイヤーによって空間に奥行きを出した墨の作品もある。
いずれも、線や形は、鋭いように見えて、ゆったりした呼吸のように優しく、ドローイングのように自然である。
実際、安芸さんが使うのは、丸刀、そして平刀で、三角刀はほとんど使わない。
この手の悠揚な動きと、和紙の風合い、墨の魅力が結びついて、素朴に見えながらも、見る者のどんな感情をも包み込んでくれる、奥妙な作品が生まれてくる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)