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あいちトリエンナーレ リポート 豊田市美術館・同市駅周辺②

タリン・サイモン、スタジオ・ドリフト、レニエール・レイバ・ノボ

米ニューヨークが拠点のタリン・サイモンの写真、映像作品及びテキストは、隠された権力(支配)構造、社会の裏側や視覚イメージに潜む抑圧や権威のシステム、情報格差と分断などを暴き、見応え十分である。
最初の部屋にある「隠されているものと見慣れぬものによるアメリカの目録」(2007年)は、米国で何が隠され、何が視界から外されているかの目録を編集した作品。米国社会の調査を通じて、普段は知覚されない人々の断絶、社会システムの裏の土台、神話的な世界観、日常を機能させている構造を明らかにする。作品は写真(一部は動画)とテキストの組み合わせで、テキストを読むのに多少時間は要するものの、そこには、なるほどと思わせる「米国」がある。
研究調査のために保管されている生きたHIVウイルス、エグリン空軍基地・航空兵装センターでの弾頭爆破試験の様子(動画)、「レイプキット」として知られる性的暴行の際に被害者から採取され、加害者特定のために法医学的根拠となる血液、衣服、爪垢、精液、毛髪などのキットを保管する遺伝子研究所、米国エネルギー省ハンフォード・サイトのプールに沈めてある核廃棄物カプセル、米国税関・国境警備局に保管されている禁止品、米中央情報局(CIA)の収集したした美術品、死刑囚の屋外レクリエーション運動場(「檻」と呼ばれる)、点字版「プレイボーイ」、不死への夢想の実現を目指す人体凍結保存装置など。

サイモンのもう一つのシリーズ「公文書業務と資本の思想」(2016年)は、国家の権力者が立ち会う政治的協定、条約などの調印式の場に置かれる花の装飾を題材にした写真シリーズ。この作品で扱われているのは、第二次世界大戦後、米国主導によってグローバルな国際通貨体制、自由経済システムをつくりあげたブレトン・ウッズ体制への参加を決めた国々(1944年のブレトン・ウッズ協定参加国)だという。作品は、それぞれの調印の時に飾られた花の装飾の再制作写真とテキストで構成されている。花束の内容はアーカイブ資料を基に植物学者が特定。オランダのアールスメールにある世界最大のフラワーオークションから4000本以上のサンプルを取り寄せ、構成した。政治・経済の権力構造とそれを支える舞台演出が、本来なら自然界で同じ季節、地理的環境で咲くことのない「不可能の花束」=グローバル資本主義によって、実現されている。併せて、花束は、その性質から、国家の意思決定の変わりやすさ、不安定さ、頼りなさをも象徴しているようである。
展示作品には、オーストラリアが経済的援助と引き換えにカンボジアに難民を受け入れさせた覚書(2014年)、イランに課された世界的制裁の裏をかくエクアドルとの経済協力の枠組み合意(2012年)、パレスチナ挙国一致内閣樹立の合意(2007年)、リビアと米国の包括的賠償請求和解協定(2008年)、キューバとベネズエラによる技術援助と石油輸出における包括的協力協定(2000年)などの調印が取り上げられている。

スタジオ・ドリフトは、オランダ・アムステルダムを拠点とする芸術家、建築家、技術者、プログラマーのユニット。自然界現象から抽出したデータ(自然の叡智)とテクノロジーを駆使して、感情レベルで環境と人間を結びつける実験やパフォーマンスを展開し、環境デザインとして詩的な作品を提示している。今回は、植物の花や葉が光量や温度に合わせて開閉する就眠運動を観察・解析し、動く彫刻のように設計されている。白い布で作られた花は、上下し、ゆっくり優雅に開閉する。シンプルながら美しく、心を穏やかにしてくれた。

レニエール・レイバ・ノボは、1983年生まれのキューバのアーティスト。「革命は抽象である」は、絵画と立体で構成された大空間のインスタレーションである。変貌著しいキューバで、忘れられている歴史や人々に目を向け、公的な資料などによって精査。写真や映像、インスタレーション作品として、イデオロギーや権力、過去の暴力、歴史に対峙させる。1961年に世界初の有人宇宙飛行としてボストーク1号に搭乗した旧ソ連のユーリイ・ガガーリンのモニュメント(42.5メートル)の手が天井から、24.5メートルの巨大な労働者と旧ソ連コルホーズ(集団農場)の女性の彫刻が手に持つ工具と農具が床から、それぞれ突き抜けている。2004年に森美術館であったイリヤ&エミリア・カバコフ展「私たちの場所はどこ?」のトータル・インスタレーションを彷彿とさせる展示で、観客は小人になったような錯覚に陥る。オリジナルは、ガガーリンのモニュメントがチタン製で、1980年の制作。労働者と農婦の彫刻は、1937年のパリ万博のロシアパビリオンに展示されたものである。原寸大で一部が再現されたモニュメントは、とてつもなく大きい。一方、壁には、コンクリートらしい支持体に赤と黒で描かれた幾何学的な抽象絵画が数多く展示されている。ソ連によって作られたプロパガンダ的な具象の巨大彫刻・モニュメントと、アーティストの制作する小さな抽象絵画の対比が強く意識された。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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