AIN SOPH DISPATCH(名古屋) 2023年3月18日〜4月8日
阿部大介
阿部大介さんは1977年、京都生まれ。2002年、京都精華大学芸術学部造形学科版画卒業、2004年、愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。
現在は、神奈川県相模原市に在住。女子美術大の洋画専攻准教授である。AIN SOPH DISPATCHで継続的に個展を開いている。グループ展にも数多く参加している。
阿部さんは、日常的な物の表面を転写する「はがし刷り」の作品で知られ、鷹野健さんとのユニットによる活動もある。家屋一軒の表面を写し、その被膜を剥がし取った大掛かりな作品である。
2019年のアインソフディスパッチでの個展「Figure」では、並行して制作されてきた銅版画を発表している。身体の形象がモチーフである。
余白の皮膜 2023年
阿部さんが使ってきた「はがし刷り」は、物の表面にインクとアクリルメディウムを塗り、はがすことで表面の凹凸や痕跡を樹脂に写しとる技法である。
はがした樹脂を、水の中に浮かせてふやかし、紙ですくいあげてから、乾燥させた平面作品、あるいは、発泡バインダーを使い、立体にした軟体動物のような作品もある。
皮膜のように表面を転写した平面、あるいは立体、内発的な身体性の現れともいうべき銅版画を含め、生々しい感覚が共通している。
2015年には、岐阜県の美濃加茂市民ミュージアムであったレジデンスプログラムで、自然の樹木などを写しとる作品を展開した。
今回は、職人に使い込まれ、経年劣化した工具を題材にした作品を展示した。展示手法で定評のある阿部さんだが、今回も、美しいインスタレーションになっている。
工具類は、リサイクルショップなどで集めた。工具の表面が版となり、そこに塗ったインクが樹脂に転写される。フェイスパックのような手法である。
単に形をかたどるのではない。物の表面があたかも皮膚のようにリアルに転写される。物は、時間とともに劣化し、あるいは、その職人の癖、使いやすいようにした工夫の痕跡を残している。よく知られた工具がある一方、どのように使用するのか分からない工具もある。
まさに、その生々しい表面によって、長期間にわたって工具が使われた作業の記憶、汚れ、傷、変形を写しとっている。阿部さんの作品は、形、表面といっても、より正確に言えば、《時間》を写しとっているのである。
だからこそ、そこには、単なる形態、表面を超えた感覚がある。劣化による痛みのような痕跡であり、それは、皺やシミといった老いた体の皮膚の肌理に近く、それゆえにグロテスクさと同時にいとおしさを誘うものである。
工具は、手の延長であり、身体、触覚の一部である。それを使っていた職人の生きた時間、生の痕跡が残っている。それがぬめりのある皮膚のように提示されるのである。
そうした生々しい皮膚感覚によって、記憶、時間、使い古した痕跡が実物以上にリアルになる。つまり、表面に存在の時間的変化が現れるのだ。
今回のインスタレーションで、工具類の《皮膚》が垂れ下がったさまは、水面に映ったリフレクションのようで、とても美しい。
版画が版に人工的につけた痕跡を写しとるものだとしたら、阿部さんの作品は、職人が生きた自然の時間のリフレクションである。
あるいは、インクの代わりに、油絵具を溶くときに使うリンシードオイルを使って、工具から錆がしみだしたイメージによって物体の実態を捉えた作品もある。
なんの変哲もない工具。職人が手を動かした時間の痕跡がこれほどまでに残っていることに感嘆する。つまり、職人が長年使った工具の表面が鏡像のように現れている。鏡像(虚)が物(実)よりもリアルだとしたら、その本質はどちらにあるのか。
工具の生々しい表面が、それを使うことで成り立つ手仕事の意味を教えてくれている気がする。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(井上昇治)