ルネサンスから現代まで西洋絵画の歴史を
名古屋市美術館で2025年4月12日〜6月8 日、特別展「珠玉の東京富士美術館コレクション 西洋絵画の400年」が開催される。
1983年に東京・八王子に開館した東京富士美術館は、絵画、彫刻、写真、陶芸、武具など、約3万点のコレクションを誇る日本有数の美術館。
中でも西洋絵画の充実ぶりは群を抜き、ルネサンスから現代まで400年を超える西洋絵画の歴史を一望できる。ルネサンスからロココ、新古典主義など、日本の美術館では珍しいオールド・マスターの優品がそろっているのもコレクションの大きな特徴である。

アルフレッド・シスレー《レディース・コーヴ、ラングランド湾、ウェールズ》1897 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
本展では、西洋絵画コレクションから厳選された83点の絵画によって、ルネサンスから現代まで西洋絵画の歴史を振り返る。
巨匠たちの傑作の数々に目を奪われるだけでなく、理念や思想を伝える手段としての絵画から、色彩と形態の喜びをうたい上げる絵画へと、時代とともに変貌するその本質を「まるで美術の教科書」のように鑑賞することができる。
開催概要
展覧会名:珠玉の東京富士美術館コレクション 西洋絵画の400年
Masterpieces from Tokyo Fuji Art Museum 400 Years of Western Paintings
会 期:2025年4月12日[土]-6月8日[日][50日]
休 館 日:月曜日(5月5日[月・祝]は開館)、5月7日[水]
会 場:名古屋市美術館 企画展示室1・2
主 催:名古屋市教育委員会・名古屋市美術館、中日新聞社、東海テレビ放送
後 援:愛知県教育委員会、 名古屋市立小中学校PTA 協議会、JR 東海
協 力:NTY ニット美術センター、名古屋市交通局
観 覧 料:一般1,600(1,400)円、高大生800(600)円、中学生以下無料
( )内は通常前売・20名以上の団体料金
見どころ
1.東京富士美術館の83点の厳選された珠玉の作品を展示
東京富士美術館の西洋絵画コレクションは、16世紀のイタリア・ルネサンスから20 世紀の近現代美術までを網羅した国内有数の質を誇っている。今回の展覧会では、その中からティントレット、アントニー・ヴァン・ダイクといった日本で、その作品を見る機会があまりない巨匠から、モネ、ルノワールといった人気の作家まで、83点の厳選された珠玉の作品を展示する。
2.「まるで美術の教科書」のように西洋美術の流れが分かる
本展では、各時代を代表する画家たちの名作によって「まるで美術の教科書」のように西洋絵画400年の歴史を振り返ることができる。その紹介方法も、時代順や様式順ではなく、「歴史画」「肖像画」「風俗画」「風景画」「静物画」のようなジャンルごとにグループ分けされており、美術の入門に最適な展覧会となっている。また、ジャンルの区別が失われていく19世紀以降については、「何を描くか」「どう描くか」といった点に注目して作品を紹介する。
3. “ほぼ”全点写真撮影可能!
本展では、一部の作品を除き、ほぼ全ての作品が撮影可能になっている。会場で楽しむだけではなく、作品の写真を後で見返すことや、SNS などで沢山の人と共有することもできる。
関連催事
① 講演会「日本画家からみた西洋絵画の400年」
日時:4月12日(土)14:00-(約60分)
講師:清水由朗(東京富士美術館館長、愛知県立芸術大学日本画専攻教授、日本美術院同人)
② 講演会「教科書としての西洋美術」
日時:5月17日(土)14:00-(約90分)
講師:深谷克典(名古屋市美術館参与)
③ 学芸員による解説会
日時:4月26日(土)14:00-/ 5月23日(金)18:00-(いずれも約60分)
講師:近藤将人(名古屋市美術館学芸員)
① ② ③いずれも
場所:名古屋市美術館内 講堂
定員:180名(当日先着順、定員になり次第締切)
参加費:無料(ただし、聴講には展覧会観覧券[観覧済みの半券も可]が必要)
④ ボランティアによるギャラリートーク
⑤ ファミリー向け特別鑑賞会
日時:4月28日(月)10:30-/13:30-
④の日時、および④⑤の参加・申込方法などの詳細は後日展覧会公式サイトで告知
展覧会構成
Ⅰ 絵画の「ジャンル」と「ランク付け」
西洋絵画を鑑賞するにあたって、「何が描かれているか」という視点は非常に重要。ルネ
サンスから19世紀前半ごろまでの西洋絵画の世界では、絵画のジャンルによってその格や価
値が決まり、それは描いた画家自身の社会的ステータスや制作姿勢にも大きな影響を与える
ものだった。
特に歴史画は高尚なジャンルとされ、ヨーロッパ各地に作られた美術アカデミー(教育機関)によってその価値観はますます強固なものとなっていった。
大画面作品も当時は歴史画のみに許されていた。風景画、風俗画、静物画などは歴史画の一構成要素だったが、17世紀以降にオランダなどで市民社会が発展すると、こうしたジャンルの絵画が市民から絶大な人気を得るようになり、それぞれが1 つのジャンルとして独立していった。
Ⅰ-1. 歴史画 神話、物語、歴史を描く~絵画の最高位~
歴史画には、歴史上の出来事を題材にした絵画だけでなく、神話や古典文学・伝説を題材にしたものや、徳や学問といった抽象的な概念を表す寓意画も含まれる。最上位のランク付けがされ、歴史画を描く画家には幅広い知識や能力が求められた。

ジャック゠ルイ・ダヴィッドの工房《サン゠ベルナール峠を越えるボナパルト》1805 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

ノエル゠ニコラ・コワペル《ヴィーナスの誕生》 1732 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅰ-2. 肖像画 王侯貴族から市民階級へ~あるべき姿/あるがままの姿~
特定の誰かの似姿を表す肖像画は、他のジャンルより遥かに古い歴史を持ち、最古の例は古代エジプトまで遡る。16~17世紀には支配者・権力者にとって肖像画を描かせることがステータスの1 つとなり、権威の可視化や富や名声を誇示する役割を担った。

ティントレット(ヤーコポ・ロブスティ)《蒐集家の肖像》1560‒65 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

アントニー・ヴァン・ダイク《ベッドフォード伯爵夫人 アン・カーの肖像》1639 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅰ-3. 風俗画 市井の生活へのまなざし
日常生活を描いた風俗画は、現実の風景を「記録」したものとは限らず、道徳、教訓、美徳、風刺などが込められたものも少なくない。共和制の下で市民社会が成立した17世紀のオランダでは、市民感覚に沿った風俗画が風景画、静物画などと共に好まれた。

ピエール・ベルゲーニュ《田園の奏楽》 17 世紀後半‒18 世紀初頭 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

ジョシュア・レノルズ《少女と犬》 1780 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

ジュール・ジェーム・ルージュロン《鏡の前の装い》 1877 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅰ-4. 風景画 「背景」から純粋な風景へ~自然と都市~
自然風景描写は、当初は歴史画の「背景」として登場したが、次第に風景そのものが主題となった絵画が描かれるようになった。17世紀以降のオランダでは多種多様な風景画が描かれた。18世紀のヴェネツィアで活躍したカナレットは厳密な遠近法による都市景観画を描き、後に滞在したイギリスの風景画に大きな影響を与えた。

サロモン・ファン・ロイスダール《宿の前での休息》 1645 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)《ヴェネツィア、サン・マルコ広場》1732-33 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

クロード・ロラン(クロード・ジュレ)《小川のある森の風景》 1630 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅰ-5. 静物画 動かぬ生命、死せる自然
静物画は、生活に密着した自然物、人工物などを描くジャンル。歴史画や肖像画に添えられた「物」にはしばしば象徴的な意味が託された。16世紀末から17世紀にかけては「物」自体が主役として描かれるようになっていった。

コルネリス・ファン・スペンドンク《花と果物のある静物》 1804 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅱ 激動の近現代-「決まり事」の無い世界
1789年のフランス革命、19世紀前半のイギリスの産業革命を経て、近代的な市民社会、資本主義社会が成立するが、そうした社会構造の変化は、絵画にも大きな影響を与えた。
前時代の美術アカデミーや大公募展であるサロンによって形成された価値観は大きく揺らぎ、画家個人の感受性や個性を重んじるロマン主義が台頭するようになった。
絶対的な価値観や規範が揺らいだ結果、絵画は多様性を獲得していき、「ジャンル」「ランク」といった前時代的な枠組みも機能しなくなっていった。
また、サロンの影響力も低下し、作品発表の場も多様化していった。さらに、社会構造の変化によっ
て誕生した中産階級(ブルジョワジー)の嗜好が反映されることで、風俗画、風景画、静物画といった前時代では歴史画の下に置かれた作品の需要が高まり、歴史画の優位も崩れていった。
Ⅱ-1.「物語」の変質
18世紀末から19世紀に台頭したロマン主義は、それまでのジャンルやランクではなく、個人の感受性や個性を重んじるもので、画題も、同時代の事件や戦争などを取り上げたものから異国の風俗まで広がりを見せるようになった。
そうしたロマン主義に反発するかたちで起こったレアリスム(写実主義)の画家たちは、身近な現実や社会を理想化せずにありのままに描くようになった。
1830~40年代には、パリ南東のバルビゾン村に多くの画家たちが集まり、森や都市近郊の田園、農村など現実的な風景を描いた(バルビゾン派)。
19世紀にチューブ入りの絵具が普及し、屋外での制作が可能になると、画家たちは実景を前に光の明暗を捉えられるようになり、そうした制作姿勢は後の印象派の画家たちにも引き継がれた。
20世紀に入ると、こうした現実を捉える絵画だけでなく、人間の夢や無意識から非合理的なイメージを表すシュルレアリスムが登場。ジャンルやランクといった旧来の価値観はこうした多様な絵画表現によって塗り替えられていくことになった。
Ⅱ-1-1. 物語/現実

ウジェーヌ・ドラクロワ《手綱を持つチェルケス人》 1858 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

ジャン゠フランソワ・ミレー《鵞鳥番の少女》 1866‒67 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

ピエール゠オーギュスト・ルノワール《赤い服の女》 1892 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅱ-1-2. 幻想の世界へ

ルネ・マグリット《再開》 1965 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅱ-2. 造形の革新
ルネサンス以降、絵画は三次元的空間を二次元平面に落とし込むことが重要視された。物理的な筆痕は絵具という「物質」を感じさせるために排除され、写真のような滑らかな絵肌が好まれた。
しかし、近代になると色彩と、それと結びつくかたちで筆触が重要視されるようになった。例えば印象派の画家たちは、絵具を混ぜずに原色で画布に小さな筆触を並べる「筆触分割」という技法で画面の明るさを保ちつつ、光と色彩の微妙な変化を捉えた。
続く新印象派の画家たちは、この技法を突き詰め、点描を用いた緻密な画面を作り上げた。また、印象派の描く形態の不明瞭さを嫌うセザンヌのように構築的な空間表現を志向する画家も登場。こうした造形に対する意識の変化は、20世紀のキュビスムへとつながっていった。
Ⅱ-2-1. 光と色彩の饗宴

アンリ・マルタン《画家の家の庭》 1902 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

ポール・セザンヌ《オーヴェールの曲がり道》 1873 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
Ⅱ-2-2. フォルムと空間

クロード・モネ《睡蓮》 1908 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
《エコール・ド・パリの画家の作品も多数展示》
名古屋市美術館のコレクションでお馴染みのモディリアーニ、シャガール、ローランサン、ユトリロ、キスリングといったエコール・ド・パリの作品も東京富士美術館は多数所持している。普段、常設展で展示されている作家の違う時期、画題の作品を見ることができるのも本展の大きな特徴。

アメデオ・モディリアーニ《ポール・アレクサンドル博士》 1909 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

モーリス・ユトリロ《モンマルトル、ノルヴァン通り》1916 年頃 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

マリー・ローランサン《二人の女》 20 世紀前半 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

キスリング《花》 1929 年 油彩・カンヴァス 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom